生物多様性研究・教育プロジェクト「進化生物学の研究」  2026‒No. 30: 6月28日の龍ノ口山

2026年7月18日(土)

痛くて「ヨチヨチ歩き」もできなくなった。

 私は,自身の心身の健康は基本的に医者や薬に頼らず,自分でコントロールしようと思っている。・・・とは言え,たまに不慮の事故に遭遇する。
 10年前に和中(吉備中央町)にあるブッポウソウ観察基地の周囲にある雑木林を,チェーンソーを使って,伐採しようとした。
 チェーンソーで木を切ると,普通木は横向きに倒れる。この日には,斜面にあった直径20 cm,高さ5mほどのアベマキを切ろうと,水平に切れ目を入れた。突然伐採木に縦方向にバキッと亀裂が入り,真下にストンと落ちた。運の悪いことに,伐採木はチェーンソーを持った右手の人差し指の上に落下した。(顔だったら大変なことになっていた。)出血は少なかったが,指は黒く腫れて動かなかった。岡山市内まで自家用車を運転して戻り.家のすぐ近くにある岡北整形外科で診察を受けた。
 よちよち歩きのじいさんどもに混じって診察の順番を待つのは,苦痛だった。医者に「なかなかひどいぞ,これは・・・」と言われた後,出血している傷口を糸で縫って包帯を巻き,やっと病院から出られた。それ以降は,木を切るときにはチェーンソーは使わず,山刀を使うようにした。太さ20 cmぐらいなら切れるが,使っているうちにナタ

の刃が曲がってくる。
 現在(2026年)は,血圧は普通に150mmHgあり,尿酸値も高いが食事制限は全くしていない。血圧は高くないと脳に十分な酸素が送られにくくなり,認知症のリスクが高くなる気がする。尿酸値が高いことは,痛風のリスクはあるが,ストレスに対する耐性もできるかもしれない。健康維持のノルマとしては,2日一度竜の口山に登り,尾根筋にある「龍之口神社」で柔軟体操をすることが日課になった。 
 お陰で持病のギックリ腰は収まったが,逆に足の筋肉は衰えた。6月28日と29日に龍ノ口山に昆虫の写真を撮りに行った際に,つま先立ちを繰り返したことで,足の踵骨(かかとの骨)に付着しているアキレス腱に炎症が起きた。足の痛みは7月1日から起き,2日から4日まで歩けなくなった。5日になったら腫れが引いて,何とか歩けるようになった。医者には行かなかった。
風邪をひいたのだろう。腎臓の調子が悪くなって尿酸ポンプがうまく作動しなくなり,尿酸の濃度が上昇して痛風の発作が起きたと思う。寝ていると痛くないので病気とは言えない。しかし,強烈な眠気に襲われた。痛みが引いたらえらく食欲が亢進した。

図1.龍ノ口トレーニングコース。龍ノ口山は,岡山市の市街地のはずれ(北側)に位置しており,駐車場までは家から10分の距離にある。もう30年以上この山をトレーニングコースとして使っている。駐車場に車を置き,100mも歩けば鳥居(参道入口)がある。登山道は2026年春に伐採が行われ,見晴らしがよくなった。今までは登山道では,昆虫は少なかったが,伐採によって広い空間ができたことと,道沿いのコナラやアベマキに樹液が出て,2026年6月下旬には多くの昆虫類が集まっていた。カナブンなどは,計100匹以上も樹液に群がっていた。当然ながらオオスズメバチもたくさん来ていた。スズメバチは,今の季節なら樹液を吸うのに集中しているため,人が近づいても襲ってくることはない。ただし,スズメバチの羽音は強烈である。鳥居から龍之口八幡宮までは,30分ほど。昔は13分で行った。龍之口神社(龍之口八幡宮)の標高は180m。龍ノ口山は神社からさらに20分ほど歩く(標高は254m)。昔は犬を連れてよく行ったが,今は龍ノ口山へは行かない。

図2.伐採された参道わきの雑木林。電線に木が覆い被さって漏電の可能性ありとのこと。市内にはこんな状態の電線が山ほど張り巡らされている。大丈夫か?

図3.アベマキの伐採木に飛来したタマムシ。6月28日はタマムシを2匹見た。龍ノ口山には割と多いかもしれない。ムツボシタマムシを見たこともある。

図4.コナラの伐採木の上を歩くキマワリ。キマワリを手でつかむと,ミイデラゴミムシと似たような臭いを出すかもしれない。歩脚は3対,顎脚は何対?

図5.クロコノマチョウ。歩脚は2対。残る1対の歩脚が退化してからどれぐらい経つのだろうか?1千万年は経っているだろう。歩脚が2対の方が便利なのか?

図6.伐採された参道(左)。今年の冬まではうっそうとした林だった。参道脇のアベマキの樹液で旧蜜するヒラタクワガタ(右)。近くにはマメクワガタもいた(6月)。

図7.アベマキの樹液に飛来したルリタテハ。すぐ右側には樹液が垂れているのが見える。ルリタテハ,アカタテハ,ヒメアカタテハも割によくみられる。

図8.地面まで垂れてきた樹液を吸いに来たオオスズメバチとカナブン。スズメバチは樹液に群がっている時には危険はない。羽化したハチが巣立ちの時が危ない。

図9.カナブンと樹液を奪い合うカブトムシ。カナブンはオオスズメバチに負ける。カブトムシとオオスズメバチでは,カブトムシの方が強そうだ。壮絶な戦いになる。

図10.枯れ枝の上を歩くニセノコギリカミキリ(♂)。ノコギリカミキリやニセノコギリカミキリの成虫を見かけたら,もう真夏になったと思ってよい。

図11.カミキリムシ(Coleoptera)の体の構造。
左の模式図は,上からのスケッチ。右は下面からのスケッチ。
左の図では,カミキリムシ(鞘翅目)は3つの体節(頭節・胸節・腹節)で構成されているように見える。しかし実際には鞘翅目の体は,下から見ると4つの体節(頭節・第1胸節・第2胸節・腹部)に区分されている。上から見ると(左図),第1胸節と第2胸節との境に「さやばね」が覆い被さって,見えなくなっていることがわかるだろう。「さやばね」を取り外せば,上からでも胸部と腹部の間の境界を見ることができる。
節足動物(Arthropoda)は,各体節の下面(側面のこともある)に1対もしくは2対の付属肢(appendage)がついている。付属肢はどれも左右対称である。(触角は付属肢には含められないようだ。)
鞘翅目の場合には,頭部には口器の周囲に3対の付属肢があるはずだが,詳しいことは走査型電子顕微鏡(SEM)で確認できる。胸部が何体節あるかは左の図からはわからない。腹部はおそらく6体節あるだろう。
体節は,節足動物の外骨格にできた横方向の「溝」(体節溝)で区分される。体が長くなって歩く際に体を曲げる必要に迫られたのだろう。第1胸節と第2胸節には,計5対の歩脚があるはずだが,3対しかない。残る2対(第2胸肢と第4胸肢か?)は,(はね)に変化したのだろう。
生物の進化を考えるには,帰納的学問と演繹的学問の両方を学ぶ必要がある。両方ができる大学と学部は限られている。東京大学理学部をめざせば,何でもできるというものではない。(東京大学は官僚の養成機関である。)私は,官僚や医者になるつもりはなかった。
悠仁さまの例もあるように,自分の特性を行かせる大学と大学院選びをして,入学後に懸命に努力することである。
ある程度力がついたら,武者修行に出る必要がある。同じところにばかりいたたら,それこそ「井の中の蛙」(古井戸に蛙トノサマガエルやアマガエルはいないけれども・・・)になって周りの動向が見えなくなる。原図は「小島圭三・林匡夫(1969)原色日本昆虫生態図鑑(Ⅰ) カミキリ編」から転写。

図12.左の写真はヨロイロブスター(Cancellocheles sculptipes),中央と右はカルイシロブスター(Pylocheles mortensenii)。ヨロイロブは水深350mから400mあたりに生息しているが,数は少ない。カルイシロブは水深30mから300mに広く分布し,個体数は多い。いずれも深海の底に沈んだ軽石(pumice)に穴を掘って入っている。移動するときには軽石の穴から出る。一方,ヤドカリは巻貝の殻を引きずって移動する。本州の沿岸には,それぞれ1種類ずつ分布している(分子系統解析の結果)。ヨロイロブやカルイシロブでは,頭部と胸部の間に体節溝(segmental groove)(第3顎脚と第1歩脚の体節を仕切る溝)がはっきり見える。

図13.樹液に飛来したセンチコガネ。竜の口山にはセンチコガネも多い。毎回数匹は必ず見かけるが,外皮の色(黒い光沢)はあまりきれいではない。

図14.枯葉の上を歩くザトウムシ(メクラグモ)。種類は不明だが,和名は「ヤマザトウムシ」と呼んでおこう。節足動物門の蛛形綱(ちゅけいこう)に属する。

図15.クロコガネ(?)を捕まえたニホントカゲ(未成熟個体)。竜の口山の参道には,ニホントカゲとカナヘビは多い。日本産トカゲ属は,全部で10 種類が記録されている。そのうち9種類はニホントカゲ(Plestiodon japonicus)類で(要するに1種類),残る1種がキシノウエトカゲ(Plestiodon kishinouyei)に分類されているようである。 ニホントカゲを捕まえるとすぐ噛みつかれるが,痛くはない。一方,宮古島や八重山諸島に分布するキシノウエトカゲは,嚙まれたらすごく痛い。捕まえるときには頭を押さえるとよい。私の脊椎動物に関する知識は,E・H コルバート「脊椎動物の進化(上巻と下巻)」から得ている。「これを授業のテキストで使え」と訳者の田隅本生氏からいただいた。E・H コルバート「脊椎動物の進化」は,は当時の進化学の教科書と違ってバイアスがかかっておらず(つまり進化思想書ではない),読みやすかった。本はボロボロになったが,今でも記事を書くために使われている。田隅本生氏には大変お世話になった。この場を借りてお礼申し上げたい。

図16.龍ノ口山の中腹から見る岡山市内。左の奥に岡山駅がある。2日に一度は運動が必要だが,若い時と違って筋肉はつかない。体力を維持するのがやっと。

図17.アベマキの枝でエサを探すコゲラ。コゲラは龍ノ山ではよく見かける。コゲラは自分の巣をくちばしでつついて作れる。ブッポウソウはそれができない。

図18.龍之口八幡宮(龍ノ口神社)の境内。境内の左側にあるスペースで20分ほど柔軟体操を行う。6月にはモンキアゲハやクロアゲハも多い。

図19.龍ノ口神社の境内で拾ったアオサナエ(6月12日)。羽化してからそんなに日にちが経っていない。多分鳥につつかれて落ちたのだと思う。

図20.アオサナエの胸部背面。この写真では,アオサナエの翅(はね)が胸部の何番目の付属肢から進化したのかよくわからない。写真左側に頭部がある。

図21.アオサナエの頭部。前方の角(horn)は上あごの外皮が,後方の固定された角は第一胸部背面の外皮が盛り上がってできたのだろう。

図22.
 龍之口神社から少し降りると鳥居がある。子の鳥居から竜の口山に登る小道(直進)と,駐車場に下る小道(右折)が分かれる。右折してから石がごろごろしている道を20分ほど降りて行けば,竜の口山の「入り口」の方の鳥居に出る。  
 道の両側はうっそうとした自然林になっている。6月29日に登った時には鳥居のところにノコギリクワガタの死骸が落ちていた。腹部が食べられていたので,鳥居の周辺にはアオバズクがいるのであろう。小道の片側に大きなアラカシがあり,あちこちから樹液が垂れていた。樹液には多くのカナブンに混じってノコギリクワガタが4~5匹来ていた。ノコギリクワガタは,おそらく全部アオバズクに食べられたに違いない。カナブンもいい餌になるような気がする。
 7月10日に同じ場所に行ったときには,大きな木が伐採されていた。4~5年すれば,鳥居の周囲では結構な数のノコギリクワガタが羽化すると思う。夜に行ったら面白いだろうが,イノシシ君がうろうろしているので足音に恐怖を感じると思う。伐採された斜面には,地面を掘った跡がたくさん見られた。
 龍ノ口山が面白いのは梅雨の時期で,6月15日から6月30日までの2週間である。7月に入ると甲虫類は一気に減少する。自然林の管理は,以前は環境省がやっていたらしいが,今は岡山市中区役所らしい。岡山市中区役所と野鳥の愛好家との間には,何らかのトラブルがあるかもしれない。

図23.節足動物(Arthropoda)の分類。
山田・西田・丸山(1981)「進化系統学」(裳華房)から転写。主要な分類群についてはまた別の機会に紹介する。

自分がやらねばならないこと

私は子供のころは昆虫採集に夢中だった。夏休みには朝食の前にいやいやながらラジオ体操(朝練)に参加し,食事のあと近くの山にクワガタ捕り(深山クワガタとノコギリクワガタ),セミ捕りをした。昼からは近くの川に恐怖の水浴びに出かけたが,山間部の水は冷たく,私は1分も入っていられなかった。
水浴びが終わると,数ミリの厚さの表皮がはがれて真皮が見え,傷口は激しく痛んだ。傷口からはひっきりなしに膿が出たが,マーキュロを塗って我慢した。お陰で私の肩にはBCGの痕跡がいっぱい残っている。
昔のBCG接種は子供にとっては疑いなく虐待である。戦前・戦中には結核で命を落とした人たちが多く,命を救う方が優先されたという事情があったのだろう。仕方なかったかもしれないが,肩の痛さは今でもよく覚えている。
昼からは,晴れていれば近くの小川でトンボを採集した。夕方になるとミミズを掘ってウナギ針に通し,近くの小川に置き針(5~6本程度)を仕掛けた。ウナギ針をかけに行くときには,とんでもない数のシマカに襲われた。耳の中まで入って刺す個体もいた。置き針をした後に家に帰り,夕ご飯を食べた。手はろくに洗わないので,表面にはミミズから出た粘液と嫌な臭いがいっぱい残っていた。食べ終わるか終わらないかのうちに寝てしまった。
今は毎日のように肉を食べることができるが,子供のころは1年に1~2回しか肉を食べることはなかった。カレーにも肉は入っていなかったと思う。しかし,肉はなくとも缶詰のマグロかカツオを入れて作ったオリエンタルカレ

ーは,しょうゆをかけて食べると絶品だった。ウナギも焼く際に薄味のタレをかけたので,ものすごくうまかった。たまに売りに来るサンマは大きく,大サイズが一匹5円,特大サイズが7~10円だったように記憶している。給食に出る脱脂粉乳は,私は好きだった。夏休みの宿題は新学期が始まる数日前から始めた。  
こんな訳で,私は受験教育など全く受けることはなかった。東京に出てからは中学や高校に行っても授業はつまらないし,しょっちゅう職員室で立たされた記憶がある。・・・なので,学校は大変嫌いだった。よく不登校にならなかったと思う。
しかしながら,いつしか自分を支えてくれるのは「学問」ではないかと考えるようになった。分岐点は大学紛争にあったかもしれない。大学紛争は決して悪い面ばかりではなかった。
そう思ってから,独学で必死になって勉強をした。演繹的学問に走れば宗教家モドキになる。帰納的学問に走れば,技術ばかり追いかけて周りの見えない科学者になる。・・・どうすればよいか,迷った。結果論にはなるが,創造的な学問をやろうと思ったら帰納的思考を伸ばすだけでは道に迷う。我慢してでも演繹的学問も学ぶ必要があるということだった。
帰納的思考の学問(生態学や分類学)と演繹的思考の学問(生理学や分子生物学)を融合させるのは,容易なことではなかった。最近になって形態形成学(morphogenesis)を基礎にした進化生物学(evolutionary biology)の道が開けたように感じている。

<参考文献>

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  • クランシー, E.P. (吉田耕造・前田総之助 訳) 1972. 潮汐の話−地球の鼓動。現代の科学47。河出書房新社。
  • E・H コルバート(田隅本生 訳) 1978. 新版脊椎動物の進化(上巻と下巻)。築地書館。
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  • Forest, J., and J.C. von Vaupel Klein (2004) Treatise on Zoology – Anatomy, Taxonomy, Biology. Vol. 1: The Crustacea revised and updated from the Traité de Zoologie. Brill, Leiden.
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  • 坂野徹(2019) 島の科学者 パラオ熱帯生物研究所と帝国日本の南洋研究。勁草書房。
  • 西村祐二郎(編著) 2019.基礎地球科学,第3版。朝倉書店。
  • オパーリン生命の起源と生化学 (1956年) (岩波新書)
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  • 山田真弓・西田誠・丸山工作 (1981) 進化系統学。裳華房。

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