生物多様性研究・教育プロジェクト(研究と教育の原点を考える) Ⅲ. 四季折々の自然の風景と野鳥 2024‒No. 4.セツブンソウ,コウノトリとpredatory journal

2024年4月8日(月)

1.はじめに
「四季折々の自然の風景と野鳥」の記事(article)では,1か月にいちどのペースで,近澤峰男さんが撮影された野鳥の写真を紹介するつもりだった。しかし,次から次へと緊急の仕事が入るので,定期的に記事をお届けするのは難しい状況にある。

 私の仕事は,記事を執筆することもあるが,もっと大事なことは原著論文(original paper)を作成する作業である。原著論文は,実験や観察によって得られたデータを図や表にまとめ,それらの記述に自分自身の考察を含めて作成された論文のことである。なお,大学の卒業,および修士課程や博士課程の修了には,それぞれ学士論文(卒業論文),修士論文,博士論文の提出が義務付けられている。原著論文は,大学の卒業や課程の修了に必要とされる論文とは目的が異なる。

 原著論文の作成は,困難を伴う作業である。和英辞典(最近はインターネット)を頼りに英語で文(sentence)を書き,文献を入れて形を整えればそれで完成という訳ではない。日本語の文章でも起承転結があるように,英語の論文に「起」に対応するのがIntroductionやMaterials and methods, 「承」や「転」に対応するのがResultsとDiscussion,「結」はSummary, AbstractやConclusionが対応する。論文全体を通じて,ひとつの話(story)を作らねばならない。論文の末尾には,AcknowledgmentsやLiterature citedも含める必要がある。

 これらをすべてクリアして,さあ投稿(submission)となる。しかし,投稿にあたっては,研究した動物について倫理的な問題をクリアしているか,reviewerの候補を挙げるとか,多くの質問項目に回答しなければならない。また,補足的なデータの提出も求められるかもしれない。なお,reviewerの候補の欄に身内を記入しても,editorは著者を怪しいと思うだろうから,著者の言う通りにはやらない。  

 同じ原著論文と言っても,医・歯・薬科学,物理学,化学,分子生物学の分野と,生物学の一部,例えば生態学(ecology),進化生物学(evolutionary biology),動物学(zoology)などとは,論文の書き方に大きな違いがある。両者の構成のスタイルの違いは,フィギュアスケートにおけるショートとフリーの2つの競技,大学入学試験においては,大学入試センター試験と個別学力試験があるのと似ている。フリーでは想像力,個別学力試験では文章力(国語力)がものをいう。

 私の論文は,フィギュアスケートで言えば「フリー」,大学入学試験で言えば「個別学力試験(二次試験)」に該当する。鳥類学(ornithology)・生態学(ecology)・動物学(zoology)の論文は多くは自由演技(フリー)に入るが,分類学(taxonomy)や古生物学(paleontology)の分野では,ショートプログラムに対応する論文が多い。医歯薬系や物理化学の論文は,ほぼショートプログラムである。国語力がものをいう分野(フリー)の論文作成は大変である。  

 さて,膨大な時間を使って作成した原著論文も,投稿したら数日してチョン(reject)になることが多い。Editorのコメントは,「修正して他のjournalに出しなさい。」というのが多いが,editorの言う通りにやって下位のjournalに投稿しても大概は同じcommentが返ってくる。こんなことを何回も繰り返すと,さすがに疲労困憊になる。気持ちのdepression(意気消沈)は半端ない。editorのコメントの何が一番苦しいかというと,私の場合には,editorが何を考えて判断しているかよくわからないことである。フリーの演技だと仕方ない面がある。何を言われているか真意が不明だと,改善のしようがない。

 Rejectを続けて受けると,traditional journalと非常によく似た名称のpredatory journalが投稿リストに上がってくる。しかし,よく調べないで食いつくと,後で後悔することになるかもしれない。   

 私はpredatory journal(捕食ジャーナル)について大きな関心を持っている訳ではないが,行きがかり上少し脱線することをお許しいただきたい。まず,何をもってpredatory journalとみなすかという疑問。結論から言えば,predatory journalの定義については,様々な観点から議論されてきたが,最終的に議論が収束する見込みはないと思う。多くの研究者は,自分の行った実験や観察の結果を論文にしたいという切なる願望を持っている。できれば評判の良いjournalに投稿し,専門誌のeditorやreviewersに褒めてもらえれば,無上の優越感に浸ることができる。昔は研究者の数も少なく,権威者も限られていたこともあって,原著論文を掲載するに当たって発生するトラブル(研究不正なども結構あっただろう。)は,大きな社会問題にはならなかった。

 最近は研究者の裾の広がりにともない,原著論文の掲載をめぐって研究者間の競争は激化の一途をたどっている。また,出版されている多くのjournalには,インパクト・ファクターなる指標が導入され,ジャーナルの序列化が進行した。競争が激しければ,掲載に至るまでの審査は当然厳しくなり,rejectされる論文の数も飛躍的に増大するだろう。さらに,出版した論文の数も人事の際の重要な資料になる。

 分野によって異なるが,動物学(zoology)だと,1年に1つか2つの論文をパブリッシュしてゆく必要がある。私の場合には,原著論文は全部自分で書いている。論文執筆に費やす苦労と時間は,周囲にはなかなか理解してもらえない。それでもますます執筆意欲が向上しているのは,実験や観察をして,結果を原著論文にまとめる作業は,自分の性に合っていると思っているからである。

 出版する論文の数や質をめぐって競争が激化すれば,いろいろな点で困る人たちが出てくるだろう。しかも,editorとreviewersによる審査は人間のやることである。理不尽な理由でrejectされたと著者が一方的に思いこめば,著者の不満は一気に高まる。そこに「大変お困りの方がおられるので,私たちが救いの手を差し伸べ,お困りの方の論文を出版してあげます。ただし,出版料として,値引きして20万円,普通には30万円から50万円はいただきます。よろしくねー。」という触れ込みで登場したのが「捕食ジャーナル」である。

 捕食ジャーナルの特徴は,審査(peer review)が甘いことである。ただ,あまりひどいのは淘汰されてしまっているので,traditional journalに比べれば相対的に甘いと言った方がよい。もうひとつ,私の勘ではpredatory journalはeditorの質が低いことも,大きな特徴である。Traditional journalは当該の学問の発展を視野に入れて論文の採否を決めているが,predatory journalは商業ベースに基礎を置いて採否を決定する。だから,学問的には質の低い者でもpredatory journalのeditorになることができる。  

 Traditional journalのeditorは,当然ながらpredatory journalについては何もコメントをしていないが,社会のどの公的機関よりも遥かに気を使っていることは間違いない。もし間違った判断をして,研究者の社会から批判を受けることになれば,journalの威厳は一気に傾く。投稿する方だって,journalが格調高く感じられる時には,editorにペコペコしているが,権威が傾き始めるや否や,あっという間に離れて行く。敏感に反応すると言えば聞こえは良いが,人間の社会は基本的に現銀な(「現銀」は関西で,「現金」は関東で使われる)ものである。社会情勢の変化とともにtraditional journalのeditorは,安全な論文(つまり保守的な論文)を採択する傾向が強くなっているように感じられる。そういう見方からすれば,インパクト・ファクターの高いjournalに,私のような一見さん(素人)が入り込む隙はもうない。

 ・・・にもかかわらず,私はpredatoryと判定されるjournalに論文を投稿することは遠慮したい。Predatory journalにパブリッシュされた原著論文を引用すると,投稿した論文は審査(review)に回る前にeditorの判断(editor decision)でrejectされる可能性が高い。もちろん,そんなことを公にしたら社会からどれだけ非難されるかわからないから,editorは別の理由をつけてrejectするだろう。Predatory journalが入り込んでいる領域は,分子生物学や脳科学のような,いわゆる先端科学が多いと予想した。しかし,海洋生物学や環境科学の領域でも,predatoryと思しきjournalがたくさんリストに出てくる。

 私の書く論文に引用される文献は,インパクト・ファクターは低くても,すべてtraditional journalにパブリッシュされている(・・・と思う。)。要するに,predatory journalにパブリッシュされた論文は,たとえ自分が書いた論文であっても,引用される可能性がゼロになるということだろう。Predatory journalに論文をパブリッシュするメリットとデメリットを比較すると,時間軸で考えると,デメリットの方が圧倒的に高くなる。「がまん」をお金で買おうとするから,その矛盾が各所に噴出するとも言える。原著論文の出版は,「急がば回れ」を常に頭に置く必要がある。

 では,私のような一見さんには,論文をtraditional journal(・・・と言っても,実質的にはpredatory journalはいっぱいあるが,何がpredatoryかを議論すると落としどころがなくなる。)にパブリッシュできないかというと,必ずしもそうではないように思う。

 まずは,どんなjournalに投稿するにせよ,editorが「うん」と言わない限り,それ以上先のプロセスには絶対に進めない。「面白いぞ,この仕事は・・・」と言ってくれるeditorに出会うまで,辛抱強く原稿の改定を重ねて,投稿を続けることはいい手だと思う。

 私の専門は,がちの「動物学」(zoology)であることが,論文を投稿してみてよく分かった。どの分野もそれなりに権威主義化しているので,例えば鳥類学や生態学の分野で解決の糸口を見つけるのは不可能だと思う。進化生物学の分野も特化しているので,私の入る余地はない。しかし,現代動物学(modern zoology)の分野であれば,私はまだ世界と戦える気がする。ここを基礎にして頑張れる気がした。

2.撮影と執筆の基本情報
<撮影> 近澤峰男(兵庫県明石市,故人)。
<撮影機材> Canon EOS7D Mark ⅡにCanon 600 mmレンズを装着。
<執筆> 三枝誠行(生物多様性研究・教育プロジェクト,常任理事)。

3.参考文献
・Futuyma, D.J. 1998. Evolutionary Biology. Third Edition. Sinauer Associates, Massachusetts.
・木村資生 1988.生物進化を考える。岩波新書。
・山田真弓・西田誠・丸山工作 1981. 系統進化学。裳華房。
・Ferl, R.J., and R.A. Wallace 1996. Biology: The Realm of Life. Third edition. HarperCollins College Publishers.
・UltraBem: Predatory (ハゲタカ)journal: 定義,リスト,考察など。(https://ultrabem-branch3.com/)



図 1.八方尾根スキー場近くの北アルプスの山々(2015 年 3 月 17 日から 19 日)。白馬八方尾根スキー場は,長野県北安曇郡白馬村八方にある。近澤さんは平成 26 年 3 月 17 日から 19 日,平成 27 年 3 月 17 日から 19 日,平成 31 年 2 月 13 日から 15 日の計 3 回このスキー場を訪れている。

図 2.八方尾根スキー場に立つ近澤峰男さん。私はスキーをしないので,状況がよくわからない。近くにリフトが見えないので,この場所まで歩いて登ったのだろうか? 余計なことだが,私は寒いところは苦手なので,いかに素晴らしい山でも冬は登りたくない。

図 3.八方尾根スキー場から望む北アルプスの山々。白馬村一帯は,4 月中旬になるとヒメギフチョウが羽化するのではないだろうか?大学 2 年だったか3 年だったか,4 月に大糸線の駅で降りてヒメギフチョウを探した。長野県と新潟県との県境(姫川谷だったか?)にギフとヒメギフの混棲地があった。

図 4.八方尾根スキー場に立つ近澤さん。隣は私の知らない人。

図 5.マンサクの花。これは八方尾根スキー場ではなく,岡山県か兵庫県で撮影されたと思う。岡山県にはアテツマンサクという品種がある。

図 6.セツブンソウの花。名前からして節分の時期(寒い)に咲くのだろう。岡山県か兵庫県で撮影されたと思う。

図 7.セツブンソウ。可憐な花をつける。近澤さんは野に咲く花も好きだったようで,ハードディスクには,風景とともに花の写真が入っている。

図 8.ロウバイの花。セツブンソウやロウバイは春先に花をつけるが,カタクリのようにスプリング・エフェメラルとは言わないのだろうか?

図 9.ハクセキレイ。平成 28 年(2016)2 月 1 日。播磨中央公園で撮影したと思われる。姿は美しいが,細長い足が写っていない。近澤さんは,鳥を見た瞬間に頭部に注意が引き付けられたのだろう。この写真は,近澤さんの失敗作だと思う。でもいい写真である。

図 10.ハシビロガモの家族(?)。平成 28 年(2016)2 月 8 日播磨中央公園の池で撮影されたと思う。2 月に入って渡りの季節が到来したのだろうか?ハシビロガモは毎年 11 月に日本列島に飛来し,3 月まで滞在する。4 月には繁殖地であるユーラシア大陸と北アメリカの中・高緯度地域で繁殖する。繁殖地には 4 月から 10 月までの 7 か月間も滞在することになる。対照的に,ブッポウソウは 4 月終わりに繁殖地に飛来し,子育てが終わる 8 月には南方に去ってゆく。繁殖地に滞在するのは 3 か月半ぐらいである。何で夏鳥は繁殖地に滞在する日数が短く,冬鳥は長いのか,関心をお持ちの方は少ない。

図 11.ハシビロガモの家族? ハシビロガモは,巣立ちをしてから長期間親と一緒に過ごすのだろうか? あるいは,親からはぐれた個体は,別の親のペアに加わって行動を共にするのだろうか? 鳥類学(ornithology)の世界ではこんな基本的なことすらまだわかっていない気がする。残念ながら,いわゆる自称専門家や若い人たちに期待することはできないと思う。昔(大学院博士課程学生)に立ち返って自分自身で頑張るのが最善の策であると思う。

図 12.ハシビロガモのオス。このオスは単独で行動しているのだろうか?近澤峰男さんが撮影された野鳥の写真を見て,最初のころは容姿の端麗さに心を惹かれたが,しばらくして種(species)を維持するための行動や生活史の適応と内分泌学的機構に関心が移った。

図 13.ハシビロガモの飛翔(オス)。新生代第四紀には,生活史の中に渡り(migration)を組み込んで,繁殖していた脊椎動物がいた記録は残してゆくべきだと思う(人間の歴史がいつまで続くか不明)。記録を残すためには,動物の行動,生活史,進化,内分泌機構を研究する必要がある。

図 14.シメ。東はりま水辺の里公園で撮影。平成 25 年(2013)2 月 28 日。シメという名称はどこから来たのだろうか?おしめから来ていたら面白いが,それならば「おしめ」という名前がつくはずである。もっとも「おしめ」などという名前をつけられたら鳥は大迷惑である。

図 15.チョウゲンボウ。2 月に撮影していると思われるが,場所は不明。

図 16.クマタカ。平成 28 年(2016)2 月 21 日。撮影場所不明。クマタカはハゲタカと同様に猛禽(もうきん)類に入るのだろう。ところで,predatory journalをハゲタカ・ジャーナルと意訳した張本人は誰なのか?predatoryにはハゲタカなどという意味はない。しかもアメリカにはCondorというtraditional journal がある。Condor というジャーナルを日本語に訳すと「ハゲタカ・ジャーナル」となってしまうではないか・・・。英語に対して知識のない日本人の無責任さには,Condor の editor は大変迷惑しているかもしれない。しかし,Condor への日本人の貢献は全然ないので,あまり気にはしていないかもしれない。つい最近ジャーナルの名称が変わったようだが,どちらにしても野鳥のジャーナルは権威主義的な感じがする。論文を投稿するとよくわかる。

図 17.コウノトリ。羽が生えているから容姿は美しいが,骨格標本にするとくちばしのお化け。恐竜も含めて,脊椎動物(vertebrate)の頭骨は,私には化け物のように見える。けがをすると赤い血(ヘモグロビン)が出るというのも,怖い感じがするので,大学では無脊椎動物(十脚甲殻類)を研究対象とした。しかし,事情があって始めた野鳥の研究であり,ヘモグロビンとかヘモシアニンとか悠長なことは言っていられない状況になった。

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