生物多様性研究教育プロジェクト・リサーチレポート 四季折々の自然の風景と野鳥 No. 2:日本人は権威者の言うことを簡単に信じ過ぎると思う。 ルリビタキ(Tarsiger cyanurus)の英語名Red-flanked Bluetailを例にして

令和4年(2023)1月13日(金)

 地球上に生息する生物には,一般的には種(species)ごとにみな名前(name)がついている。日本では,生物の名前は和名で表記される。例えば,スズメ,ウグイス,ホトトギス,ブッポウソウのように,カタカナで表記される。「和」とつくとすぐにJapaneseとつけたがる人が多いが,私はあまりお薦めしない。例えば,domestic nameあるいはhousehold nameとかいう表現の方がいい場合もある。・・・というか,「和名」をわざわざ英語に訳す意味がそもそもないのではないか?「The oriental dollarbird is called ‘bupposou’ in Japan.」などと書く機会はまずない。

 生物の名前がカタカナで表記されるようになったのは,明治以降である。日本という国家が成立すれば,たとえマイナーな生物であっても,国民に共有できる名前が必要になる。幸い日本には,邪馬台国の時代からあった漢字(Chinese characters)に加えて, 平安時代に開発された文字である「ひらがな」と「カタカナ」があった。江戸時代までは,生物の名前は地域によって異なる漢字が使われてきたが(難しい漢字の読み方クイズによく出てくる),近代日本の科学を支える共通の呼称が求められた。そんな事情で,地域によってまちまちな漢字名称を統一した名称に置き換えられたのだろう。

 しかし,漢字を使ったのでは,古いしきたりから脱却できない。漢字からひらがなに変換すると,生物の公式名称か少しぼやける。カタカナは,子供でも容易に書くことができるし,国民の共有する生物名の表記方法としてベストであったかもしれない。また,ひらがなに比べてカタカナは,限られた範囲で使用されていたこともあるのだろう。

 生物名における文字変換のニーズが最も高かったのは,小学校から高等学校までの生物の教科書と思われる。学校の教科書で,佛法僧,三宝鳥,棕胸佛法僧,藍胸佛法僧など漢字で書かれても,子供たちはおろか,相当知識のある大人でも正確には読めない。一方,ひらがなは広く使われていただろうが,「さんぽうちょう」や「あいむねぶっぽう」と書くと,冗長な(redundant)な文(sentence)という印象が強く出る。特に高校や大学の教科書では,専門用語が増えてくる。専門用語は漢字で表されることが多い。ひらがなで表記すると文章の中でのアンバランスが目立ち,印象が悪くなる。

 そのことをよく理解し,生物名にカタカナ表記を導入し,明治から昭和の前半にかけて積極的に推進したのは誰なのか,私はよく知らない。野鳥に関しては,動物学者の黑田長禮(くろだながみち)氏が中心になったかはわからないが,戦後の教育課程では生物名は,基本的にカタカナ表記という約束ができた。生物名のカタカナ表記は,社会的に成功を収めたと言える。

 一方,生物名はそれぞれの国によって固有の名称がある。この記事の主人公であるルリビタキ(図1と図2)は,日本語の漢字では瑠璃鶲。中国語では紅脇藍尾鴝または红胁蓝尾鸲。発音は,hóng xiě lán wěi qú。ハングルでは유리딱새。読み方は,共同研究者の姜さんに聞けばすぐにわかる。すぐに返事をいただけるだろうが,研究と子育てに忙しい毎日を送っているだろうから,このような案件でメールをお送りすることは控えたい。

図1.ルリビタキのメス。平成25年(2013)1月23日。しあわせの村(神戸市北区)にて撮影(近澤峰男)。

 環境や生物の研究には,どんな種類の生物を対象にして,どんな方法で進めたかを記述することが不可欠である。生物名の表記に関しては,上に述べたように,それぞれの国で固有の呼び方があるが,それ以外に国際的な命名基準(リンネの二名法)がある。

 現在では,生物を記載する最小の単位は,「種」(species)に置かれるという暗黙の約束がある。種の概念(concept)は,野外で多様な生物を研究している科学者には特に重要である。なお,分子生物学者にとっては,研究対象となる生物の数は少ないので,種名にはこだわりが少ない。分子生物学者は,種の概念など全く頭にない人が多いかもしれない。

 スウェーデンの博物学者であるカール・フォン・リンネCarl von Linné(1707–1778)生物の学名を、属名(genus)と種名(species)の2語のラテン語(イタリックスで表記)で表す二名法(二命名法)で生物界を体系づけた。なぜこんな古い分類基準(standard)がいまだに残っているか不審に思われる方も多かろうが,利便性が高いのでいまだに使われ続けている。

 以上のことを前置きにして,生物(種)の名前を付ける話に移る。生態学や行動学の論文を書く際は,投稿規定に研究対象となる種(species)の一般的な呼称(English)を記述せよ,との指示がある。例えば図1に示したルリビタキ(これは和名)だと,Wikipediaを見れば,学名はTarsiger cyanurus,英語名はRed-flanked Bluetailと出ている。だから,最初はみなそれを信じて題目(title)の最後に「・・・in Red-flanked Bluetail, Tarsiger cyanurus」と記述する。Red-flanked Bluetailは,投稿前の英文校閲では直らないが,投稿した後にeditorやreviewerが気が付けば,指摘することもあるだろう。

 ・・・が,editorやreviewerは,通常はヨーロッパやアメリカの人々になるだろうから,Red-flanked Bluetailはそのまま出版されてしまう可能性は高い。図鑑に名前(English)が載る前に,日本人の研究者が見つけて修正しなかったら,日本人と英語圏の人々では,同じ呼び名であっても実際には大きく異なった形態のイメージを持ち続けることになる。

 同じようにして,弘法大師(774–835)が中国の古典から引っ張り出した「佛法僧」をコノハズクと勘違いした話も,千年以上も続いてしまった。実物を観察しないで文献だけで判断を下すと,どうしてもこのようなことが起きる。しかし,問題は,長いこと弘法大師の想像を疑いもせずに,信じ続けてしまった人々の方にあるのだろう。弘法大師自身に責任はない,と私は思う。

図2.ルリビタキのメス。平成31年(2019)1月7日。撮影場所は不明だが,近澤さんのご自宅の付近だろう。近澤さんはこの年の5月にお亡くなりになった。近澤さんは,私には撮影できない多くの貴重な写真を残された。

 

 Wikipediaの記述の著者は,医学や分子生物学だと全くわからないが,動物学(zoology),生態学(ecology),動物行動学(ethology),系統分類学(taxonomy)あたりになると,筆者が特定できることもある。そこまでできなくても,特定のグループや組織に属している人の可能性は指摘できる。ルリビタキも,大体どんな感じの人が解説したか,何となく想像できる。もちろん,問題は,誰が書いたかということではなく,どういう内容の記述をしたかである。

 ルリビタキの英語名称は,現在多くの鳥類図鑑が出版されているが,ルリビタキについては,初期の図鑑の編集に携わった方だろう。外国の図鑑でルリビタキの英語名称を見て,日本のルリビタキに当てはめたのであろう。現在の私もまた,同じようにしてルリビタキの種名や英語名を見つけている。ルリビタキの英語名称を付与するにあたって,図鑑を編集した人と私の違いは,図鑑を見た人は記述を参考にしたが,私の方は鳥の見た目に注目したところである。

図3.丸太の上にとまるルリビタキのひげおやじ。平成30年(2018)1月25日。撮影場所は不明だが,近澤さんのご自宅の近くだろう。お亡くなりになる1年前は,そんなに遠出はしていなかったようだ。

 Wikipediaには,ルリビタキの英語名称は,Red-flanked bluetailと出ている。日本語で書かれた図鑑は,みなRed-flanked bluetailになっているかも知れない。Red-flankedは,日本語では「赤い側面(胸)の」というような意味だろう。しかし,ちょっと待ってくれ・・・,図1から図4のどれを見てもredと言えるような色はついていない。Orangeとか,ちょっと譲れば yellowぐらいに見えるではないか・・・。

 そう思って,英語で書かれた図鑑(文献参照)を見てみた。やはりそこにはTarsiger cyanurus の英語名称は,Orange-flanked Bush Robinと書かれていた。はずかしながら,bluetailのことをBush Robinとも呼ぶことは知らなかったが,そこにはRed-flankedとは書かれていなかった。

 ルリビタキの分布は広い。夏はアジア大陸北西部からヒマラヤでも見られる。ひょっとしたら,冬に日本で越冬するときには胸の色はオレンジだが,繁殖期になるとオスの胸は赤みを帯びてくるのかもしれない。

 もしそのような推測が正しいのであれば,ルリビタキの英語名称は,Orange-flanked Buetail, Red-flanked Bush-Robin, あるいはBlue-tailed Robinのいずれの呼び方でも構わないだろう。

 要するに,日本語の図鑑に出ている英語名をすぐにこれが絶対だと信じるのではなく,何かおかしいと思ったら,英語で書かれた図鑑を参考にしてみるとよい。日本列島では,越冬個体しか見ることができない訳だから,英語名称を書けと言われたら,Red-flanked Bush-Robinと書くよりも,Orange-flanked Bush-Robinと書く方が,より実物に即した表現になるだろう。だからと言って,Red-flanked Bluetailが間違いだということにはならない。Second bestである。

 日本人は,いわゆる権威者がこうだと言えば,すぐそれを信じて,これ以外は間違いだと思う人が大変多い。要するに,日本の社会では権威主義的な教育が世の中の隅々まで行き渡っていると見てよいだろう。

 インターネットの発達にともない,古い権威主義教育は形を変えざるを得ない時代に入った。しかし,いつの時代にあっても,自分の頭で考えて課題に対応する意欲がなければ(つまりindependentであること),すぐに形を変えた権威主義教育に飲み込まれてしまうだろう。日本では嫌われるが,アメリカにはindependentであることを高く評価する人たちがいる。この記事は小さいことを書いたが,independentを貫くことは日本の社会とアメリカの社会の相互理解にちょっとばかり貢献できるだろう。

図4.ルリビタキのオス。平成24年(2012)12月19日,金ケ崎公園(兵庫県明石市魚住町金ケ崎)にて。とまっている木は,カエデで間違いないだろう。魚住町には近澤さんのご自宅がある。

<参考文献>

  • MacKinnon, J., and K. Philipps (2000) A Field Guide to the Birds of China. Oxford University Press. Oxford.

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です