生物多様性研究教育プロジェクト・リサーチレポート 攻撃と防御の十脚甲殻類,令和5年(2023)No. 1 ホイッタカーの5界説は生物圏をうまく整理できたのか?

令和5年(2023)1月6日(金)

 今年(2023年)は記事の中に,野鳥だけでなく,植物を含めて多くの種類の生物が登場するだろう。近澤さんの脳は私に,野鳥を含めて地球上に生存する生物は,本当はいくつぐらいのグループに分かれているのか,そしてそれぞれのグループの下位のサブグループの分類は,どのぐらい自然界の姿を客観的に表現できているか知りたいと要求している。職務上,私は近澤さんがお持ちの疑問に対し,回答する義務が生じている。野鳥のこと,ブッポウソウのことさえ気にかければよい,という訳にはいかないのである(図1)。ご容赦いただけるとありがたい。

図1.北極圏にあるホワイトシー(66º34’N, 33º75E)の景観。2008年3月3日講演。撮影されたのは,2006年とか2007年とか,そのあたりではないかと思う。

 現在地球上に生息する生物は,5つの大きな分類群(taxon)のいずれかに属すると考えている系統分類学(systematics)や進化学(evolution)の研究者が多いと思われる。なお,伝統的な分類学(taxonomy)の研究者は,基本的にリンネやラマルクの手法を踏襲する人が多く(つまり実務家が多い),生物界がいくつの分類群によって構成されているか,関心がないようだ。Systematicsとtaxonomyは,日本語では同じ「分類学」と訳されているが,研究の目標は両者の間では大きく異なっている。

 現在,生物を分類する一番大きな「くくり」(taxon)は,界(kingdom)とされており,1969年に出版されたWhittakerの論文では,5つの界(five kingdoms)が設けられた。ヒトや鳥は動物界(Kingdom Animalia),維管束植物は植物界(Kingdom Plantae),ゾウリムシやミドリムシは原生生物界(Kingdom Protista),キノコやカビは菌界(Kingdom Fungi),それに世間を騒がせているコロナウィルスはモネラ(原核生物界: Kingdom Prokaryota)にという具合である。

 昔は,単細胞のゾウリムシは動物に,同じく単細胞のミドリムシは植物(藻類)に分類されていたが,5界説が出版されてから,めでたいかどうかは知らないが,同じ原生生物界(Protista)に分類されるようになった。要するにゾウリムシのいる控室(ひかえしつ)が,ゾウリムシのいる控室の隣に移ったということである。人間社会で言えば,組織の改組にあたる。ゾウリムシとミドリムシの基本的な立ち位置(ステイタス:status)が以前と根本的に変わった訳ではない(図2)。

図2.ホワイトシー(白海)の海岸の景観。夏には多くの渡り鳥が小さな島々にやってきて繁殖する。ホワイトシーは潮位差が1~2mほどと思われるが,波がほとんど立たず,いたって静かな海である。ホワイトシーの名前の由来は,冬になると目に入るすべての景色が真っ白に見えるという説がある。

 Whittakerの説では,5つの生物界を設けるにあたり,原核細胞(prokaryotic cells)と真核細胞(eukaryotic cells)の違いを重視しているように見える。原核生物は,生命として地球上に一番早く表れた。一方,真核生物の方は10億年ぐらい後から出現した可能性が高い(図3)。同じ単細胞でも,原核細胞と真核細胞は大きな違いがある。

図3.原核細胞と真核細胞(山田・西田・丸山「進化系統学」図5・6を改変)。

図4.原核細胞から真核細胞への進化(山田・西田・丸山「進化系統学」図5・7を改変)。

 原核生物は,(推定)32億年前に地球に出現してから,生態学的・遺伝学的に著しく多様化して今日に至る(図3)。一方,真核生物(原生生物)は,(推定)15億年前に誕生した。ただし,原生生物の主要な系統は,べん毛虫綱(Mastigophora),根足虫綱(Rhizopoda)およびせん毛虫綱(Ciliata)が知られているが,それほど多様化している訳ではない。

 一方,多くの真核生物は,出現して数億年してから多細胞化して(multicellular organism),菌類,植物,動物にそれぞれ独自の進化を遂げたように思われる(図4)。そう考えると,原核生物と違って,単細胞の原生生物は発展途上(多細胞化)で置いてきぼりを食った傍系生物の印象を受ける。
多様性を考慮すると,原生生物は多細胞生物と共通する特徴を持つことが多く,単独で大きな所帯は作りにくい。藻類(Algae)では,単細胞のグループもあるが,多くは多細胞である。機能分化が進んでいる種類もいる(図5)。それらを全部原生生物の中に押し込めたとすれば,生物界への理解をゆがめてしまうだろう。

図5.系統分類学の学生実習。本学キャンパスから遠く離れた場所にある臨海実験所(Marine Biological Laboratory)に1週間ほど滞在する。日本だと,キャンパスは東京や大阪にあり,臨海実験所は八重山諸島の波照間島とか西表島にあると考えればよい。海岸では,潮が上げていると(high tide)海産生物はほとんど採集できない。干潮時(low tide),特に大潮(spring tide)の干潮時には,よく潮が引くので多くの海産生物を採集することができる。サンプルは実験室に持ち帰り,種の同定(identification)を行う。日本の学生には,都市にある本学キャンパス(というか,賑やかなところ)で生活することから離れられない者が多い。少しでも辺鄙(へんぴ)な環境に身を置くと,まあ,そこまで女々しくなるか・・・,と誠に残念な学生が多い(男女にかかわらず・・・)。写真の左側.小石の上にびっしりと生えているのが藻類(褐藻類)である。

図6.潮下帯の波に揺られるコンブの群落。本種がgiant kelpと呼ばれる種類だろう。

図7.陸上に引き上げられたgiant kelp(褐藻類)。北海道産ならばいい値段で売れるかもしれない。

 しかし,この予想は的中した。今私の手元にあるBiology: The Realm of Life(Third edition)という本は,1996年にHarper Collins College Publishersから出版された。著者は,表紙にはRobert J. FerlとRobert A. Wallaceとあるが,ページをめくるとGerald P. Saundersが加わって著者は3名になっている。なんかちょっと不思議な本ではある。

 Biology: The Realm of Life には日本語訳があると思う。東京化学同人社から出版されている現代生物学(上)(1991年)と現代生物学(下)(1992年)が該当するだろう。ただし原著者は,Ferlが抜けて,Robert A. WallaceとGerald P. Saunders,それにJack L. Kingが加わっている。日本語訳の方は,手元にあるBiologyのThird editionと同じ図や表が掲載されているので,Third editionとほぼ同じものが日本語に訳されたように思われる。

図8.干潮時の潮間帯(intertidal zone)に露出した褐藻類。石の上にある白い点刻はフジツボ(これは動物)。

 Biology: The Realm of Life, Third edition は,Whittakerの5界説を受けて生物界の系統が整理されていると思う。この本の中では,藻類(algae)はPlantlike Protists(植物様原生生物)となっていた。つまり,藻類は今まで言われてきた植物界(Kingdom Plantae)に入るのではなく,原生生物(Kingdom Protista)に入れられた。

 ラン藻(原核生物)やツノモ(渦鞭藻)・ケイソウ(褐藻)・ミドリムシ(緑虫類)は単細胞だからいいとしても,藻類の大多数は多細胞で形ができており,例えば褐藻類には,組織の間に明白な機能分化(例えば仮根や仮茎)がみられる(図6)。藻類は,原核性の単細胞(ラン藻),真核性の単細胞(ツノモ・ミドリムシ)から,少数の真核細胞が集合して個体を形成するボルボックス,多細胞(2層の細胞層からなる膜状構造)のアオノリ・アオサ(緑藻類),植物体に機能分化が進んで切るコンブ・ワカメ(褐藻類)を含む大規模所帯である。

 藻類の特徴は,動物のように段階的にグループ(taxon)が出現するのではなく,連続的にそれぞれの分類群が進化したことである。だから,進化の段階のどこかで2つに分ける場合には,定義(definition)によって区分されることになるだろう。そういう事情があったとしても,藻類は植物ではなく,すべて単細胞生物であると言い切ると,作為的な自然観が生まれる方向に行ってしまう。

 山田・西田・丸山による「進化系統学」は,昭和56年(1981)に裳華房から出版された。進化系統学の8・2の単元を見ると,藻類は原核細胞のラン藻を含めて,多細胞の褐藻類(図5~図8)に至るまで植物界(Plantae)に分類されている。当然Whittakerの5界説は考慮されているに違いないが,すべての藻類が原生生物に属するとは書かれていない。

 はてさて,Whittakerさん,原著論文を書く段階で血迷ってしまったかと思った。しかし,血迷ってしまったと書く前にWhittakerの5界説をWikipediaでもう一度調べ直してみた。

 5界説では,原生生物界(Kingdom Protista)は真核の単細胞生物と単細胞の集団と見なせる多細胞生物も含むとある。具体的には,ミドリムシ・黄金色藻類,サカゲカビ・ネコブカビ類,胞子虫,動物性鞭毛虫,根足虫,繊毛虫など。一方,植物界(Kingdom Plantae)は,真核の多細胞生物で構成されていて,細胞壁があり,光合成をし,組織は分化する。生活環は,しばしば単相と複相が交代する(世代交代)。具体的には,紅藻類,褐藻類,緑色植物が含まれる,とある。こんな区分ならば,生物界の進化の自然な姿がある程度は反映される感じがする。

図9.干潮時の泥干潟に現れた環形動物の巣穴。原生生物,藻類を含め,植物の進化は連続的である。一方,動物は各グループ(taxon)の間に明確な構造のギャップが認められることが多い。

 結局,Whittakerは5界説の中で,植物様原生生物(Plantlike Protists)とは言ってはいなかったのではないか?血迷ったのは,Whittaker氏ではなく,Ferl氏かWallace氏のどちらかだろう。

 Biology: The Realm of Lifeは,記述している分野にすごい偏りはあるが,全体としては面白い読み物(story)になっていると思う。ただ,ところどころに著者の強い思い込み(妄想)が入っているので注意しなければならない。ちょうどラマルクが,動物の分類学的研究を基礎にして,思い付きに近い進化論を提唱したことによく似ている。もちろん,自身の書く著書とか原著論文では,事実や監察結果があれば,それらを説明する記述は,たとえ妄想でも許されるべきである。もちろん本人は,妄想ではなく真実だと固く信じているだろうが・・・。

図10.ホワイト・シー(白海)の景観とホワイト・シーにすむ海産無脊椎動物(Marine invertebrates)のリスト。北極海の周辺だと,温帯域・熱帯域の海洋と比べ,海産生物の種類数は大幅に減少する。それでも分類群の構成は,温帯域や熱帯域と大きくは異なっていない。よくこれだけ熱心に調べ上げたと思う。ホワイト・シーにすむ脊椎動物・無脊椎動物・植物について図鑑(ホワイト・シー海洋大図鑑)を作るのはどうだろうか?

 日本の社会では,科学の世界においても権威主義が浸透している。権威者の言うことを疑問に思わず,ありがたく頂戴する習慣が根付いている。ここが日本とアメリカの社会の大きく違うところである。Whittakerの提唱した5界説は,Whittakerの見た世界観を述べているのであって,Whittakerの説が真実であると断言することはできない。私は,Wikipediaに出ている記述が正確だとすれば,5界説は生物界の成り立ちをある程度はうまく整理した印象を受ける。一方,Biology: The Realm of Lifeも,著者らの見た世界観を記述している。著者らは自分たちの方が真実に近いと信じているだろうが,私には,どう見ても納得できない記述がいくつかある。

図11.サンゴ礁原の藻類。西表島・干立の海岸にて(大潮の干潮時)。サンゴ礁原では,小型の藻類が圧倒的に多い。写真左側に見えるのは,緑藻といろいろな藻類だろうが,いずれも種類は知らない。2005年ごろ5月に撮影。

 日本の社会では,ある説,教義,道徳,習慣,あるいは議決事項に関し,疑問を呈することや自己主張をする教育がなされていない。権威者の鶴の一声が,批判されることなく下部組織に降りてくるために,妄想に近い説や教義が,教育現場に反映されることが多い。

 日本人の中にBiology: The Realm of Lifeを信じた者がいるのだろう。そういう者が推薦して作られた中学や高校の教科書には,先進国のアメリカでは使われていない概念とか手法が入り込んだり,いつまでも掲載され続けている。

 日本の悪しき教育システムは改善される必要がある。ある考え方に対し,疑問を呈したり,自分の意見を言ったり書いたりする教育を進めたらよいのではないか。特に大学で,推進することができれば。個性豊かな大学ができるだろう。しかし,大学の教員自体が,そういう教育を受け入れておらず,逆効果という可能性も大いにありうる。

 論理的ということをへ理屈と勘違いしている人々や,組織を私物化し,既得権益をめぐって大げんかを挑む狂信的人々は多い。そういう人たちに勝てなければ,日本の教育はいつまで経っても国際的な水準には達しないだろう。

<参考文献>

  • ファビアン・クストー(2007)OCEAN(海洋大図鑑)。DKブックシリーズ。
  • Ferl, R.J. and Wallace, R.A.(1996) Biology: The Realm of Life. Third Edition. Harper Collins College Publishers.
  • Whittaker, R.H. 1969. New concept of kingdoms of organisms. Science 163: 150-159.
  • 山田真弓・西田誠・丸山工作(1981)進化系統学。裳華房。
  • 石原勝敏・庄野邦彦・他13名(2010)新版 生物 Ⅱ。実教出版。(P. 245の図はBiology: The Realm of Life,p.279から取っている。もっとよく似た教科書もあった気がする。)進化学の専門家であれば,こんな図は描かない。

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