令和4年(2022)6月5日(日)
ブッポウソウの繁殖地では,5月24日を境にして巣箱の周りは静かになった。5月5日ごろから23日ごろまでは,巣箱を探して移動している単独個体もしくはペアをよく見かける。オッ・・・いい巣箱があったと思って近づいてきた個体に,すでにその巣箱を占拠しているペアのオスが激しく反応し,けたたましい鳴き声を発する。ケーケケケケケ・・・・とか,ゲーゲゲゲゲゲ,ゲッゲゲーとかいう激しい鳴き声は,侵入者を威嚇するときに出す警戒音(warning call)である。威かくは鳴き声だけではなく,実力行動がともなう。オスは,侵入者に対し勢いよく突っかかって行き,鋭いくちばしで体をつつく。たがいにくちばしを噛むと,両者はきりもみ状態になって地上に落ちる。羽の根元にかみつけば,傷を受けた個体は羽の骨が折れ,地上に落ち,最終的には確実に死亡する。
今年(2022年)も吉備中央町の和中で激しいケンカが勃発し,新しい巣箱(WA-02)に何とか入ろうとしたペアのオスは,近くの巣箱のオスと嚙みつきあいのけんか(死闘)になり,両者とも何度か地上に落ちた。幸いなことに,どちらも致命傷は負わなかったようで,WA-02に入ろうとしたペアはすごく頑張ったが,結局は退散を余儀なくされた。
WA-02では毎年必ず激しいケンカが起きる。しかも,親子の間で起きているような気がする。来年(2023年)は,追い出されたペアが子育てのできる巣箱を川向うにひとつ設置しようと思う。巣箱の名前は,ゾエア(zoea)などはどうだろうか?
図1.ブッポウソウの求愛給餌。エサ(トンボ)をくわえているのがオス(写真右側の個体)。左側にいるのがメス。
WA-02を追い出されたペアは,川沿いにある林を越えて西側の長瀬の方に行けば,まだ空いている巣箱(美原4)を見つけることができるだろうが,北側の美納谷や宇甘川の対岸にある上野の方に行ったら空いている巣箱はない。多様性プロジェクトが研究している地域では,どんな環境に巣箱を設置すればブッポウソウが入るかがほぼわかっていて,設置したばかりの若い巣箱以外は,まず空きがない状態である。
和中での巣箱をめぐっての争いは,5月23日で終了し, 5月24日から吉備中央町ではすごく静かになった。5月24日以降も空いている巣箱を探して通りかかるペアはいるが,定着組にすぐに排除され,遠くに逃げて行く。
図2.オスの持って来たトンボに反応を示すメス。「おお・・・なんかうまそうなもの持って来たな!」みたいな・・・。
和中で起きたケンカは相当激しく,しかも長い間続いた。音声記録は取ったので機会があればソナーグラムを添付して紹介してもよいが,多分そんなことに興味をお持ちの方は少ないだろう。音声記録は,専門誌への投稿という形で情報発信をしたい。
和中のWA-01に来たペアは,全然「鹿の角」には出てこない。また,去年まではよくとまった前方ヒノキ(略して前ヒ)や後方ヒノキ(略して後ヒ)にも全然とまらない。北側の林の中にいるようだが,他のブッポウソウが通りかからない限りうんともすんとも言わない。たまにカラスが我が物顔で通りかかると鳴くが,それもほんの一言二言。特にメスは,長いこと姿を現さなかったので,今年(2022)はWA-01の巣箱はもう使われないと危うく断言する寸前のところだった。しかも,メスは巣箱を全く覗きに来ず,気配を感じたのが5月27日あたりではなかったかと思う。
和中は静かになったのでやることがなくなり,5月24日以降は吉備中央町,高梁市(巨瀬町と有漢町),新見市(北房町)それに美咲町江与味にある巣箱を見て回った。
和中の西隣にある長瀬という集落で,巣箱の近くにペアでとまっているブッポウソウがいたので写真を撮った(図1から図3)。撮影したのは600mmレンズのついたCanon EOS7D。近澤峰男さんの形見のレンズとカメラである。
図1,図2および図3の写真には,求愛給餌をする直前の2匹の個体が写っている。オスがくわえているのはトンボであることはすぐにわかる。私はトンボは詳しくないので間違っているかもしれないが,腹部の縞模様(図4)はムギワラトンボではない。オオヤマトンボかムカシトンボなどが該当するように思える。ムカシトンボは翅をたたんでとまるので,捕まえたときに図4のように開く可能性は少ない。とすると,ブッポウソウのオスがくわえているのはオオヤマトンボである可能性が高い(図4)。オオヤマトンボは割に開けたところを飛ぶので,ブッポウソウも捕まえやすいだろう。同時期にはヤブヤンマも羽化している(図5)。
図3.トンボを加えて求愛給餌に入ろうとするオス。メスも反応してオスの方を向いている。
図4.オオヤマトンボ。5月中旬から下旬にかけて広域農道で車にはねられた個体を目にすることが多い。5月18日有漢町で拾った。新鮮だったので,持ち帰ってぴよ吉のエサにした。ぴよ吉はトンボが大好きである。
図5.ヤブヤンマ(?)。5月27日,和中(吉備中央町)の谷の渓流沿いにあるガードレールにとまっていた。
図6.メスにトンボを渡すオス。オス・メスともに瞬膜は閉じているところが面白い。
図7.オスからトンボを受け取るメス。オス(右)の瞬膜は閉じているが,メス(左)の瞬膜は開いている。
ところで,図3,図6,および図7をもう一度よくご覧になっていただきたい。図3は,ちょうどオスがメスに対してオオヤマトンボを渡すところである。両方の個体の眼は開いている。目を閉じるのは,瞬膜(nictitating membrane)で,眼球の上に位置する瞼(まぶた)(上目瞼)でも,下側にある下目瞼でもない。インターネットには,鳥類の瞬膜は水平方向に動いて眼球を保護するとあるが,ぴよ吉を観察していると,瞬膜は眼球の下側から上がってくるように見える。「日本動物解剖図説」のドバトの項目(Plate 11)を見ると,瞬膜は眼球の上側(つまり,上瞼の内側)に位置しているように描かれているが,ドバトは実際にはどうなっているのだろうか?
図6は,オスがヤンマをメスの口の中に押し込んでいるところである。オス・メスともに瞬膜は閉じていることがわかる。しかし,一秒もしないうちに撮影された写真(図7)を見ると,メスは早々と目を開けていることがわかる。オスの方は,メスに獲物をあげてからちょっと余韻に浸る時間が長かったのかもしれない。動物を観察するときに,単に見た目の美しさだけではなく,行動のちょっとしたしぐさに注目するといろいろと面白いことがわかってくる。学問的に意義のあることもあれば,大した意味もなさそうに見えることもある。しかし,大した意味を持たないようなことでも,折に触れ何度も観察したり考察するうちに,実は大きな意味を持つ行動と位置付けられる場合もある。
5月25日過ぎから6月上旬にかけて,ブッポウソウは産卵の最盛期である。ブッポウソウの個体数は,この20年間に爆発的な勢いで増加した(幾何級数的増加)。個体数増加の割には,巣箱の数はそれほど増加していない(算術級数的増加)。そういうケースでは,動物は限られた数の食物(ブッポウソウの場合には巣箱の数)をめぐって個体間で激しい争い(struggleやcompetition)が勃発する。チャールズ・ダーウィンの提案した動物社会の持つ特性(食物の量は算術級数的に増加するが,個体数は幾何級数的に増加することと,生物は限られた量の食物をめぐって競争(struggle)をすること)をそのまま再現している。
ダーウィンの唱えた「自然選択説」では,競争の結果として「その場(環境)に一番適した個体が生き残る」可能性が高い。ブッポウソウも,限られた数の巣箱をめぐって激しい競争が起きる。ブッポウソウの場合には,struggleやcompetitionよりもfightingという単語がずっと現実を反映しているように思える。問題は,競争を通じてどんな個体が生き残るかということである。ブッポウソウの場合には,競争と言ってもスポーツ的要素,儀式的要素は全くなく,戦国時代のように,負けたものは一家皆殺しに近い地獄絵図が展開される。
ブッポウソウでは,視床下部から生殖腺刺激ホルモンが分泌されたときに,なぜあんなに激しい攻撃行動(殺し合い)が発現するのだろうか?ブッポウソウにとっては,食物(巣箱)にありつけるかどうかで,その年に繁殖できるかが決まる。生存競争の非常に厳しい社会では,実力行使に長けている個体(つまり武力の強い個体)が子孫を残す可能性が飛躍的に高くなるのだろう。七面鳥もブッポウソウとよく似ている。
生物の社会では,繁殖期においてはオスの攻撃性が著しく高まる種類が多い。個体数が増え,そして繁殖期におけるブッポウソウが展開する激しい攻撃行動とその結果として起きる同種の他個体の死亡は,抑えることができない。しかし,冷静に対応せよと,手をこまねくばかりではまずい。激しい攻撃行動を少しでも緩和する努力を推進する必要はあるのだと思う。そこにこれからの自然保護活動の大きな意味があるのではないだろうか。
<参考文献>
池田嘉平・稲葉明彦(監修)「日本動物解剖図説」。森北出版。1971年。