生物多様性研究・教育プロジェクト自然環境レポート Series A, 2022 (サンゴ礁とサンゴ礁原) No. 2:伊良部島のヒメアナジャコ

令和4年(2022)1月27日(木)

 ヒメアナジャコ類は,日本各地の海岸や河口の泥干潟に巣穴を掘って住んでいる。琉球列島にも広く分布しているが,実際に何種類のヒメアナジャコが生息しているのか,よくわかっていない(図1)。なぜわかっていないのかには理由がある。

 まず初めにアナジャコの英語名称について。英語ではmudshrimpであるが,体の構造はどっから見てもシュリンプ(小さいエビ)でもないし,プローン(クルマエビやテナガエビのように,やや大型のエビ)でもない。コシオリエビ,アカザエビ,ザリガニと同様にロブスター(lobster)の仲間である。だから英語名称は,mudlobsterが適当である。外骨格の脱石灰化(decalcinization)が進んでいるが,これは泥の中に作られた巣穴の中で生活することと強く関係しているだろう。

図1.伊良部島の入り江で採集されたヒメアナジャコの抱卵メス。受精卵は美しいウグイス色をしている。アナジャコ類でウグイス色の受精卵は非常に珍しい。

 次に化石。アナジャコ類の一番古い化石としては,3, 390万年前から2, 303万年前のOligocene(漸新世)(新生代Cenozoicの古第三紀Paleogeneの最後の時期)に記録があるので,2千500万年から3千万年ぐらい前に地球上に出現したのであろう。

 第3は,属(genus)の名称。アナジャコ類の属(genus)はみなUpogebiaとして登録されている。アナジャコ類は,祖先のロブスター(起源はまだわかっていない)が,潮間帯や河口の泥干潟に巣穴を作って生活を始めたことがきっかけになっていると考えられる。起源となるロブスターが新しい環境(泥干潟)に入り込む際に,大きな形態変化があったのかもしれない。つまり,アナジャコ類の一般的特徴を持つ「原型」あるいは「基本形」はこの時点で生じたのであろう。

 一方,アナジャコ類のかたちは,どの種類も外見は非常によく似ている。干潟の泥の中という極めて特殊な環境に適応して,体の構造の強い収斂(convergence)が起きているのではなかろうか。400~500万年前に世界の泥干潟に広がりだしたのだとすれば,すでにいくつかの属(genus)に分かれるほど分化(differentiate)していてもおかしくない。

図2.伊良部島の入り江にあるミヤコヒメアナジャコの生息地(点線で囲った泥干潟)。伊良部島と下地島の境にある入り江は,右側か左側の入り江(inlet)を通じてどちらも海につながっている。そのため,この入り江は,干潮時には泥干潟が出現するが,潮が上げてくると水没する。なお,伊良部島や下地島の畑の土は,赤土ではなく琉球石灰岩を砕いて作られていると思われる。水はけがよいので,水田は作れない。

 第4は,琉球列島に分布するアナジャコ属の種類について。ミヤコヒメアナジャコ(図1)は,外部形態はみなよく似ているので,どこの島の個体も同じ種のように見える。しかし,野鳥や昆虫類などと同様に,体表の色,受精卵の色,外皮の脱石灰化を指標にすると,本州の海岸の泥干潟に生息するヒメアナジャコや琉球列島の泥干潟で採集されるヒメアナジャコとは随分違う感じを受ける。DNAのデータがあれば,さらに判別しやすくなる。

 ヒメアナジャコの生息地に関しては,google mapを見れば大方見当がつく。宮古島とその周辺の島々では,伊良部島と下地島の境にある入り江ぐらいしか生息場所の可能性はない。レンタカーを借りるとすぐに入り江(図2と図3)に向かった。

図3.伊良部島の入り江に出現した泥干潟。写真手前に生えているのは,ヤエヤマヒルギ。泥干潟の上には,私が長靴で歩いた跡がはっきりと残っている。この泥干潟は相当にぬかるんでいて,歩けるのは干潟の縁に限られる。中央は,ドロの深さが70~80 cmぐらいありそうである。

 下地島と伊良部島の間にある入り江は,どこも潮が引いても汽水が残ってしまい,沼のようになってしまうところが多い。潮が引くと泥干潟が出現するような場所(図3)は,宮古諸島では数少ない。堆積した泥の中に小さな穴が多数空いているのがわかる(図4)。

図4.干潮時に出現した泥干潟に作られたヒメアナジャコの巣穴。実はどれが本物かはよくわからないことが多い。写真右下にあるスコップで泥を掘ると,泥まみれの個体が出てくる。この泥干潟では,ミヤコヒメアナジャコ以外にマングルーブの中でハサミシャコエビが採集された。

図5.ミヤコヒメアナジャコの抱卵メス。頭部から胸部,腹部にかけて体の中央に外皮(exoskeleton)の盛り上がりがある。こんな特徴を持ったアナジャコはあまり見たことがない。胸部(thorax)に関しては外皮の脱石灰化と癒合(ゆごう)が進んでいる。腹部の体節構造はかろうじて残っている。

 ミヤコヒメアナジャコについては,何十年も前に記録があり,種名も登録されている。しかし図1に示した個体が,それと同じ種類なのか検証する方法がない。何十年も経つうち他の種と置き換わってしまった可能性もある。チョウや甲虫類のように,採集者が毎年訪れていれば,宮古島にいる個体群が,琉球諸島に分布するどの種とも異なっているかおおよその判断がつく。しかし,アルコール標本をもとに記載された情報だけで判断することは危険である。ヒメアナジャコの生息環境も含めて,他の島のヒメアナジャコと違う特徴があれば,私は別種とみなしてもよいと思う。DNAのデータがあれば,それも参考にしたらよい。

 化石であれば,断片的な形態から属や種を推定することは仕方がない。しかし,生きているか冷凍の実物があれば,それを利用しない手はないだろう(図5)。アルコール標本だと,どうしても種や属の分類に関する情報量が落ちる。ほしいのは,生のサンプルの分類・系統学的情報なのだから,生きているか冷凍の実物から得られる情報を優先する方がよい。アルコール標本の種や属は,生のサンプルが得られない場合に,副次的に同定(identification)の資料として使う方がいいのではないだろうか。

 つまり,生の標本でAという種や属が記載された場合には,アルコール標本は,天気予報と同様に何パーセントの確率でAと一致すると言えばよいのではなかろうか?

 前回はルリマダラシオマネキを紹介した。宮古島の個体群は,別種までは至ってなさそうな気がするが,亜種ぐらいの違いはあるかもしれない。その可能性が高いと判断したら,Introductionにはミヤコシオマネキの行動や生態を調べたと書くこともできるだろう。

図6.泥干潟に作られたミヤコヒメアナジャコの巣穴。巣穴の表面は,コーティングされて泥が固められている。巣穴(深さ50 cmぐらいだろうか)は複雑な形態になっていて,そんな空間を行き来するには,体表(外皮)は脱石灰化(decalcification)が進んでいる必要があろう。一方,エビ類(コエビ)の外皮(exoskeleton)は,石灰化が進んでいないが,これは移動手段として遊泳行動が多いことと関係しているだろう。ミヤコヒメアナジャコ(図1)の場合には,構造上の収れんが進み,外見上はコエビ類と近い感じの外皮になっている。

 私たちは,ミヤコヒメアナジャコは新種だと主張したい訳ではない。(それをやるとケンカになる。)だから,論文には the mudlobster, Upogebia miyakoensisを研究に使用したと書くだろう。できれば論文の中に,できなければ他のところで,研究につかった種の写真を示して,読者が使った動物の種名と照合できるようにするとよい。私たちが知りたいのは,その種や属の観念的整合性(つまりリンネ式人為分類学)ではなく,自然に生きる生物の系統・進化学的なステータス(status)である。基本的に相いれないところがある。

 琉球諸島には,南方から多くの種類のカニ類の幼生(ゾエアやメガロパ)が黒潮(Kuroshio)に乗って流れ着き,成体になるまで成長している。それぞれの島への定着が一時的なのか,長期にわたるかはわからないが,いずれにしても日本列島での初記録には違いない。

 それぞれの種が分布している南の島々は,よく調べられていないと思われる。だから,琉球列島初記録の種は,新種として登録することができるだろう。琉球列島に分布する希少カニ類は,琉球大学の方々によって登録されているが,スケッチを示して分類学のジャーナルにパブリッシュされているということではなさそうだ。生きている種では,色や模様,さらに底質の特性(図6)という指標が使えるので,新種(未記録種)かを判断することは割と容易であり,そのような記載をして新種として発表しているようである。スケッチよりも写真の方がずっと説得力があるに違いない。

 ヒメアナジャコ類も,今後生体標本の確保と系統解析が進めば,今はアルコール標本(drunken species)に依存する一部の分類学も,野鳥や昆虫類の系統分類学と同じ方向に変貌してゆくと思われる。種や属の同定には,多くの人たちが納得できる客観的な手法が必要だろう。すでにその兆しは各所に現れているように思える。

<参考文献>

  • Ando, Yusuke, and Hiroaki Karasawa. 2010. Mud shrimp associated with burrows from the Oligocene Ashiya Group, northern Kyushu, Japan, with description of a new species of Upogebia (Decapoda, Gebiidea). Zootaxa 2337: 63-68.
  • Forest, J., and J.C. von Vaupel Klein. 2004. The Crustacea (revised and updated from the Traité de Zoologie). Vol. 1. Brill, Leiden.
  • Futuyma, D.J. 1998. Evolutionary Biology. Sinauer Associates, Massachusetts.. 
  • Horst, M.N., and J.A. Freeman 1993. Crustacean Integument: Morphology and Biochemistry. CRC Press, Boca Raton.
  • Nibakken, J.W. 2001. Marine Biology. An Ecological Approach. Benjamin Cummings. San Francisco.
  • 池田嘉平・稲葉明彦(編) 1971. 日本動物解剖図説,森北出版。

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