生物多様性研究・教育プロジェクト(研究と教育の原点を考える) V. ブッポウソウの飛来と子育て 2024‒No. 2: 上有漢と北房町,5月3日

2024年5月12日(日)

1.はじめに
 生物の適応機能や進化の問題を考察する際には,考察の基礎にどのような概念(concept)を置くかで,道は大きく2つに分かれる。具体的に言えば,神経生理学では生物電気,形態学では構造,生理学では構造と機能,分子生物学では遺伝子だろう。いずれも実体のある構造とか機能に研究の基礎が置かれている。

 もう少し言えば,例えば,やみくもに(失礼・・・)分子生物学の分野でバンザイ突撃を繰り返しておられる方々は,遺伝子発現(gene expression)に強い関心をお持ちと思う。だから遺伝子を解明すれば,生命の謎はすべて明らかになると信じている人たちは多いはずである。しかし,遺伝子という概念を使って生命現象を解明しようとするのは,自然科学のひとつの方向であって,その先に真実が見えてくるという保証はない。実は,このような考え方の底には,実証主義(positivism)という伝統的な思想(thought)が流れている。急進的な実証主義者は,研究の基礎に遺伝子という実体がないと我慢できず,なぜか周囲に怒鳴り散らす。実証主義は思想だなど言ったらえらい目に合う。    

 生態学(ecology)は生物学の一分野である。生態学は日本では理系的傾向の強い分野と思われているが,世界の中では完全に文系的科学(データ・サイエンス)の仲間入りをしていると思う。データ・サイエンスは仮説・検証型の科学である。(間違っていたら申し訳ない。)その基礎は実体の有無を問わず,仮説(hypothesis)に置かれる。

 現代社会では,ダイエットをするための効果的なエクササイズとか,こんなサプリは肥満の防止に役立つとか,こんな食べ物が筋肉を増強させるとか,因果関係の不明な仮説・検証主義が大手を振ってまかり通っている。仮説・検証主義の究極は「進撃の巨人」であり「かぐや姫」であり「伊豆の踊子」という「物語」である。

 仮説・検証主義の領域においては,生物の生理学的・分子生物学的過程は,記述(description)と切り捨てられる。生命の生理学的・分子生物学的プロセスの中には,生命の本質はないと考えているのだろう。言い換えれば,仮説・検証主義の本質は「空想主義」である。怒られるのを覚悟で言うならば,仮説・検証型の思考は恐ろしく「浪花節」的である。現代生態学の中には,実証主義とは相いれない観念があり,そういう観念で作った物語が面白いという人たちが多い。

 私は,実証主義者と仮説・検証主義者の馬鹿らしい争いに首を突っ込むことはしたくない。私自身は弁舌が立つ訳ではなく,自分の思ったことを正直に実践しているだけである。こんな生き方では,両者から破門を食らうのは目に見えている。ちょうど伊藤篤太郎が矢田部良吉にやられたみたいに・・・。   

 気づいている方はいないと思うが,仮説・検証主義は,高等学校生物Ⅱの教科書に深く入り込んでいる。教科書の最後の章を見ていただければわかるように「課題研究」という単元がある。この単元をよく読んでみると強い違和感に襲われる。仮説・検証型の学問を一番嫌うはずの,頑固なお偉いさんたち(じいさんばかりではない)が検定委員になって,教科書の編集(editing)に参加する訳だから,一人ぐらい違和感を覚えそうなものだが・・・。結果として,SSHの担当教諭がお気の毒な目に会っている。もっとも本人たちも気づいていない。

 教科書にあるキリンの首の長さも,仮説を支える「証拠」はあるのだが,証拠の「実在性」の高さ(quality)に大きな問題がある。実在する進化要因としては樹木の高さは,オス同士の闘争に比べて可能性が低い。このあたりの学問領域になると,日本人の研究者では正確な回答ができる人はいない。ダーウィンは答えられたはずである。

 どこまで実在性が高ければ実証的科学と呼べるのか,実際には線引きが難しい。こればかりは,お偉い実証主義者さまたちが怒ったところで簡単に解決はしない。私の立ち位置は,どう言っても実証主義者には怒られるし,仮説・検証主義者には無視されるのが関の山だから,勝手にしてくれと思うだけである。まあ,アメリカで改訂版が出るか,アメリカで新しい教科書が出版されるのを待つしかない。

 現代社会においてこれだけ仮説・検証主義が浸透すると,そこにうまくpredatory journalが入り込んでくる。社会の中にpredatory journalが流行りだすと,民主主義,そして日本国憲法までも奪われてしまう事態になる(真面目な話)。Predatory journalの攻撃を最も受けているのは圧倒的にアメリカ合衆国(USA)だと思う。しかしアメリカ社会は多様化していて,一部の組織は乗り越えているようだが,日本の社会や学会はどうなのだろうか?権威主義が依然として横行している日本の社会では,表立って文句は言えず,結果として今や隠れpredatory journal派が多数を占めていると見た。いくつかの大学の図書館からpredatory journalを強く批判する記事が出ているが,恐ろしさを本当に理解しているとは思えない。Impact factorによる偽装にも騙されるべきではない。  

 仮説・検証型の学問の主義や主張は,predatory journalのそれに近い。いや・・・,predatoryの基礎は,仮説・検証型の思考にあるかもしれない。仮説・検証型の研究は,結局predatory journalに利用されるだけで,実質的には自然科学の進歩には大きな貢献をしていないように思われる(あくまでも私見)。・・・だからどうするのかは,自分たちで考えていただきたい。私は自分なりに解決する問題をたくさん抱えている。繰り返すが,視野が狭く,ただおっかないだけの権威者(多くは大変地位の高いじいさんたち)が吠えて済む問題は少なくなりつつあるということだ。

 野鳥の研究においては,現在のテーマに関しては,私は考えるための基礎を概年リズム(circannual timing)と生態学的制約(ecological constraints)に置きたい。概年リズムは, サーカディアン・リズム(circadian rhythm)と同じように考えられているが,鳥類では内分泌機構に発現する周期性であろう。概日リズムは,内分泌機構には影響せずに脳内の時計細胞の周期性が直接活動のレベルに反映されるのだろう。一方,概年リズムでは,生殖行動の発現にかかわる中枢が集中する中脳(midbrain)に第2次oscillatory system(時計細胞)があるのではないか,と予想している。    

 仮説・検証型の学問,つまり現代生態学は,自然科学とは別の世界の学問だと思う。確かに「進撃の巨人」の構想力は卓越していると思うが,自分の研究の中に「進撃の巨人」のファンタジー(空想)を持ち込もうとは思わない。もちろん,以前のように事実の記載だけで済ますことも考えていない。どこまで実在性が高ければ実証的科学と呼べるのか,現実には線引きが非常に難しい。ひと昔に比べて線引きは単純ではなくなっていることも自分なりに理解していると思う。

 結局流行に惑わされず,自分が一番良いと思う方向を進んでゆけばよいのだろう。結果は後からついてくる。・・・と言いたいところだが,ついてこないかもしれない。最も大事なことは,鳥類や海産十脚甲殻類の生態,系統,そして進化の分野で原著論文をpublishし続けることだろう。実証志向の原著論文から離れると,人はすぐに妄想という危険な世界に入って行く。

2.撮影と執筆の基本情報
<撮影> 三枝誠行・近澤峰男。
<撮影機材> Canon EOS 7DにTamron 28-300mm レンズ(F/3.5-6.3 Di VC PZD)を装着。共にカメラのキタムラで中古品を購入。
<執筆> 三枝誠行(生物多様性研究・教育プロジェクト: The Biosphere Project, Non-Profit Organization)。
The Biosphere Project(Non-Profit Organization)は国内でも国外でも,公式名称として通用すると思う。

3.参考文献

・Wikipedia 伊藤篤太郎。https://ja.wikipedia.org/wiki/伊藤篤太郎。
・石原勝敏・庄野邦彦(他13名)2010. 新版生物Ⅱ。実教出版。
・Gwinner, E. 1996. Circannual clocks in avian reproduction and migration. Ibis 138(1): 47–63. doi:10.1111/j.1474-919X.1996.tb04312.x.
・Gwinner, E. 2003. Circannual rhythms in birds. Curr. Opin. Neurobiol. 13(6): 770–778. doi:10.1016/j.conb.2003.10.010.
・Helm, B. 2006. Zugunruhe of migratory and non-migratory birds in a circannual context. J. Avian Biol. 37(6): 533–540. doi:10.1111/j.2006.0908-8857.03947.x.
・Helm, B., and Lincoln, G.A. 2017. Circannual rhythms anticipate the earth’s annual periodicity. In Biological timekeeping: clocks, rhythms and behaviour. 545–569 V Kumar (ed.). Springer, Berlin. doi:10.1007/978-81-322-3688-7_26.
・Helm, B., and Muheim, R. 2021. Bird migration: clock and compass facilitate hemisphere switching. Curr. Biol. 31(17): R1058–R1061. doi:10.1016/j.cub.2021.07.026.
・今井清. 2003. ニワトリにおける卵生産過程とそのしくみ。日本鳥学会誌 52 (1): 1–12. DOI https://doi.org/10.3838/jjo.52.1
・Lack, D. 1968. Ecological adaptations for breeding in birds. Methuen, London.
・池田嘉平・稲葉明彦(広島大学生物学会)1971. 日本動物解剖図説。森北出版。
・Ferl, R.J., and Wallace R.A. 1996. Biology. The Realm of Life. Third Edition. HarperCollins College Publishers. Pp. 277-279.
・Tsutsui, K., and Ubuka, T. 2018. How to contribute to the progress of neuroendocrinology: discovery of GnIH and progress of GnIH research. Front. Endocrinol. 9: 662. doi:10.3389/fendo.2018.00662’.
・Tsutsui, K., and Ubuka, T. 2020. Discovery of gonadotropin-inhibitory hormone (GnIH), progress in GnIH research on reproductive physiology and behavior and perspective of GnIH research on neuroendocrine regulation of reproduction. Mol. Cell. Endocrinol. 514: 110914. doi:10.1016/j.mce.2020.110914.
・Williams, T.D. 1995. The penguins: bird families of the world. Oxford University Press, Oxford.
・Williams, T.D. 2012. Physiological adaptations for breeding in birds. Princeton University Press, New Jersey.

図 1.生物多様性研究・教育プロジェクトが調査を行っているブッポウソウやシジュウカラの繁殖地域(橙の楕円で囲った地域)。高梁川の東側と西側で別々に研究活動を行うという申し合わせはある。(2015 年春に吉備中央町の美原集落センターで会議を持った。)区域は,市町村という法令上の区分で決めた訳ではない。また,私は研究するために巣箱を設置し,計画的にブッポウソウを増やしてきた。多様性プロジェクトの所有する巣箱に関しては,研究上の priority は私たちにあると思う。自分がそこで研究していると言って,多様性プロジェクトの巣箱でデータを取り,持ち逃げする人たちがいた。そのような行為は研究倫理(study ethics)の面から言ってアウトである。高梁川の東側区域は,生物多様性研究・教育プロジェクトだけでなく,野鳥の会と吉備中央町ブッポウソウ会が数多くの巣箱を設置している。私たちとしては,話し合いが可能で,取り決めに基づいて行動できるのであれば,呉越同舟でも問題はない。自分の都合しか考えない人が入ってくると問題が勃発する。そういう人たちに対しては,自分たちの研究を守るために戦わざるを得ない。努力しても主義・主張がどうしても相いれない場合には,最終的には妥協しない方がメリットは大きい。ただし,相当辛抱する必要がある。

図 2.吉備中央町井原にある H-05 の巣箱。この巣箱はもともと 150m ほど下の方の電柱にかけてあったが,草刈りが行われなくなったので,電柱の周囲は草茫々になり,電柱までたどり着けなくなり,何年か前にこの場所に移した。鳥は移設についてきて,今年(2024)もこの場所に来た。5 月 3 日にはペアが巣箱の所有権を主張して鳴いていた。電柱の向こうにある民家の人たちの関心も高い。

図 3.上有漢(高梁市有漢町)にある I-02 の巣箱。この田んぼも放棄地になっていて,巣箱までのアクセスにやや難がある。5 月 3 日に見た時にはすでにペアが来ていた。この感じからして,この 2 匹はキジバトと同じで,越冬中も含めていつも同じペアで寄り添って行動していると思われる。

図 4.I-02 の巣箱で肩を寄せ合うブッポウソウのペア。自分一人と,巣箱の近くで農作業をする人たちが見て鳥の世界に思いをはせる。その中に自分自身の生き方を重ねてみることができる世界を作りたい。すべてはないにしても,ブッポウソウを撮影に来る方々や,研究と称して生息環境を荒らしに来る方々には,もう扉は閉じられて,2 度と開かれることはないだろう。そういう方々とはインターネットを通じてコミュニケーションを図りたい。

図 5.巣箱(I-02)をのぞくブッポウソウ(多分メス)と,電線にとまって周囲を警戒するオス。仲のよさそうなペアである。・・・が,よく調べてみるとオスかメスのどちらかの指導力が高いということもある。巣箱の奥にあるワラビは大葉シダの仲間で起源は中生代,ススキは被子植物で起源は中生代終盤。ブッポウソウは新生代のつい最近(2, 500 万年前)現れたのだろう(起源は中生代のジュラ紀)。インド亜大陸のユーラシア大陸へのドッカン事件が進化への契機になったかもしれない。この巣箱は取り外す時期に来ているが,こういうシーンを見るとまた来年(2025)もつけてやらねばと思う。

図 5.一家の総出の農作業風景。この田んぼの持ち主のじいさんとばあさんは,ともに背が曲がっている。ともに 80 歳は越えているだろう。お亡くなりになる直前まで田んぼ作業を続けるに違いない。いい人生になること間違いなしである。ちなみに,二人とも私にはいつもまったく関心を示さない。

図 6.I-04 の巣箱(高梁市有漢町)。今年(2024)は北房町の途中にあり,3~4 日間に一度通る。もう授業のオブリゲーションもないので,思い切り研究にまい進できる。早い話,大学院博士後期課程学生に戻って,時間のある限りフィールドに出てち密なデータを取りたい。緻密なデータの上に立って原著論文作成という大きな目標を達成したい。この場所の景観は素晴らしい。そして正面にあるスモモは,赤い実になるとすごくおいしい。

図 7.ツマキチョウのオス。ツマキチョウはなかなか止まらないので撮影が非常に難しい。オニヤンマもそうであるが,羽化してから日にちが経つと飛び続けるのに疲れるのだろうか,よく止まるようになる。写真の個体も羽化してからだいぶ経っているのだろう。

図 8.オオデマリの花。純白の花弁と青空がマッチして美しい。おしべやめしべがどこにあるのかよくわからないが,割とよく甲虫類が飛んでくる。

図 9.高梁市中井町にある J-05 の巣箱。ここはブッポウソウが来ると正面にあるスギの立ち枯れの枝にとまっていたが,最近一本を残して枝が落ちた。ここは毎年繁殖に失敗している。原因は,近くの家のばあちゃんが電柱の近くで枯草を燃やしているから。しかし,枯草を燃やすなとは言えないので,黙ってみている。枯草燃やしさえなければ,多様性プロジェクトの巣箱ではブッポウソウの撮影にはトップレベルの場所。

図 10.新見市北房町にある K-08 の巣箱。北房町にはシジュウカラが多く,ここでも産卵したので,さっそく巣を下の巣箱に移した。シジュウカラの危険察知能力には地域差が大きく,50 cm 下に移しただけで北房町のシジュウカラは卵の温めを中止した。再び上にある巣箱にコケとワタを運んで産卵床を作ったが,産卵する前にブッポウソウが現れて巣を破壊してしまった。結局,上有漢や北房町では,シジュウカラの巣は全滅した。

図 11.巣箱の近くにいるブッポウソウ。下の巣箱にあるシジュウカラの巣は無視してくれと心から願っていたが,上下両方の巣箱の中は見事に荒らされていた。どっちの巣箱も荒らすぐらいだから,巣箱への定位能力は高くないと思ったが,定位能力が低ければ巣箱の位置を,例えば 150m 移動したときにもついてきやすいだろう。逆に,シジュウカラは定位能力が高いゆえに,巣箱が少し移動してもついて来られないのかもしれない。

図 12.K-08の巣箱の下の雑草地を飛ぶウスバシロチョウのオス。雑草地にはススキが植えてある。ススキは家畜のえさにするのではなく,ブドウの栽培のために使うのだと思う。この場所ではウスバシロチョウが発生していた。今年(2024)は個体数も多かった。飛んでいる場所はわかるだろうか?

図 13.タンポポの花に吸蜜に来たウスバシロチョウ。日本には 2 種類のパルナシウスが分布する。一つは北海道の大雪山系に分布するウスバキチョウ。もうひとつがこのウスバシロチョウ。40 年前にスイスとイタリアの国境にある Susten Pass でウスバキチョウに似たパルナシウスを採集したことがある。もちろん今は採集禁止である。日本ではウスバキチョウも採集は禁止されている。ウスバシロチョウは採集が禁止されている地域はまだないようだ。

図 14.タンポポの花で吸蜜するウスバシロチョウのメス。このチョウもなかなか止まってくれないので撮影は難しいが,根気よくカメラを向けているとタンポポの花にとまって吸蜜することがある。吉備中央町でも見かけることがあるが,数は少ない。ウスバシロチョウは貴重な昆虫類の一つである。

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