生物多様性研究・教育プロジェクト(研究と教育の原点を考える) Ⅰ. サンゴ礁とサンゴ礁原 No. 1 (2023):琉球弧(Ryukyu Arc)のサンゴ礁

1.Introduction
 私が思うに,研究不正が起きるのは,人間の正直さとは無関係のような気がする。心の強さ・弱さとは少し関係あるかもしれない。人に見られていなけれれば,つい,ないものがあるように,あるものがないように,データを変えてしまう(改ざんする)人もいるだろう。

 研究経過を詳細にノートに書いて提出すれば,研究不正は防げるのか?研究ノートへの記述と組織への提出による防止法は,確か山中伸弥氏が提案したと思うが,提案直後に足元で不正は起きた。小保方さんの場合も,提出することがあらかじめ通知されていれば,山中伸弥氏に負けず・劣らずの立派な研究ノートが出されたと思う。提出された時点で,組織の方は不正を見破るのは,まず不可能である。

 研究不正が発覚するのは,不正を行う者と同じ専門分野の研究者か,あるいはパブリッシュされた論文を読んで,何か違和感を覚える人たちの意見が元になることが多いように思える。大学には意外と多いゲシュタポ的な教員には,研究不正を摘発することは難しい。こういう人たちの目的は,不正の摘発ではなく,日大の元理事長みたいな人に告げ口して「ウヒヒ・・・,やったぞ!」と喜ぶことである。

 どこかで不正が起きれば,大学や研究所では,規律は厳格化される。だからと言って,組織の言う通りやったら,面倒臭くてたまらない。異様に細かすぎることを押し付けられるからである。多くの人たちは,最初はちゃんと従っても,何回目からはほぼ水増しみたいなノート(処分を食らわない程度の内容)を提出しているのではなかろうか?普段真面目にやっているのに,真面目にやっていることを文書で証明せよと言われれば,腹も立つだろう。真面目にやるのは本当にばからしい,と心の底で思っている人たちは少なくないはずだ。

 要するに,不正の原因は違うところにある。しかも,原因はいくつもある。強く監視しても,すぐに横穴から抜け道ができる。私は,競争という社会原理がある限り,不正はヒトに限らず,すべての生物の社会で普遍的に起こりうる事件ではないかと考えている。競争があるから社会は進歩する。そして競争があるから研究不正も起きる。競争をやめてしまったら,不正は起きないが,逆に進歩もなくなる。

 では,どうすれば不正は防げるのか?研究ノートの提出では,すぐに足元を見られる。厳罰を導入したところで,それをうまく乗り越える人たちはたくさんいる。早い話,そんなことを私に問われても,返事のしようがないということ。かく言う自分自身も,最初から最後まで「不正を起こしそうな人」のトップ5に仲間入りしていた気がする。最初から「悪人」のレッテルが張られ,事あるごとに身辺整理を示唆された。そんな悪人に「どうやったら研究不正を防止できるのか?」なんてバカなことを尋ねるのは,愚の骨頂というものである。

 「サンゴ礁とサンゴ礁原」の研究テーマの中では,琉球弧(Ryukyu Arc)の成因と海洋生物の多様性がクローズ・アップされている。琉球弧を特徴づけるのは,島の周辺に広がる広大なサンゴ礁(堡礁:barrier reef)である。サンゴ礁の主体は,サンゴ虫(刺胞動物)が分泌する炭酸カルシウムを母体とする硬い「家」(行く末は石灰岩)の集合体(assemblage)である。

 問題は,海洋生物の多様性と進化を促したサンゴ礁は,地質時代のいつごろから形成され始めたのかということである。

 詳細は省くが,古生代の二畳紀の終わりに(2億4千500万年前),生物の大量絶滅が起きた。原因は,活発な火山活動によって海洋環境が大きく変化してしまったせいであろう。海洋生物への影響は特に大きく,属(genus)レベルでは82%,種(species)レベルでは95%もの生物が絶滅したという証拠がある。

 サンゴ礁は,現在の景観とは大きく異なるが,古生代にもあったかもしれない。しかし,古生代末の大量絶滅のあおりを食って,古生代のサンゴは地球上の生態系から消滅したかもしれない。(この点は,私の憶測である。)中生代(三畳紀)に入って,地球上のどこかにごくわずかに生き残ったサンゴが再び成長して,礁(reef)を作ったのだろう。それでも,サンゴ礁は景観としては,新生代のそれとは大きく異なっていたかもしれない。古生代末の大量絶滅が,海洋生態系にどんな影響を与えたかは,まだ解明されていない。中生代(三畳紀)にサンゴ礁生態系がどのように回復していったかは,依然として謎が多い。いずれにせよ,海洋生態系は二畳紀末に起きた大量絶滅(End-Permian mass extinction)によって,完全にリセットされ,三畳紀に入って新しい生態系が始まった,というのが私の予想である。

 まずは,現代のサンゴ礁について,琉球弧を中心に紹介したい。

2.撮影と執筆の基本情報
<撮影場所> 琉球列島(宮古島,石垣島,西表島)

<撮影と記事の執筆> 三枝誠行(NPO 法人,生物多様性研究・教育プロジェクト常任理事)

<撮影機材> 風景については,PENTAX K-r に TAMRON の 18-200mm ズームレンズ(Aspherical XR DiⅡ)をつけて撮影したような気がする。K-r は完全に壊れたので数年前に廃棄した。結局 K-r は 15 年間ぐらい使用したと思う。廃棄する直前にはカメラとレンズはゴミだらけになっていた。私は,カメラとレンズに大きなこだわりはなく,安いものを選んできた。結果としては,それでよかったと思う。近澤峰男さんにお会いしてから「へー,世の中にはこんなすごいものがあるんだ!」と思った。野鳥に関しては,近澤峰男さんの撮影された写真は質が高い。そして,学術的価値も高い。そんな写真を私のエッセイに取り入れることができた。記事自体はくだらないものでも,近澤さんの写真が光っている。全体として,「うん?なんかいいこと言っているかもしれない。」みたいな雰囲気が醸し出される期待がある。私は本当に良い人に出会ったと思う。

<Key words> 琉球弧,火山活動,サンゴ礁,サンゴ虫,刺胞動物,石灰岩,琉球石灰岩,大潮の干潮時,潮間帯と浅潮下帯。

3.参考文献
・Castro, P., and M.E. Huber. 2005. Marine Biology (fifth edition). McGrow Hill Higher Education.
・Futuyma,D.J. 1998. Evolutionary Biology. Sinauer Associates, Inc.
・気象庁・潮汐表(西表)。(https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/db/tide/suisan/suisan.php?stn=IJ)
・日本周辺図(海上保安庁許可,国土地理院)。原図は,インターネットにまだあるか不明。

図 1.琉球列島周辺の海洋の深度(日本周辺図(海上保安庁許可,国土地理院)を改変)。琉球海溝の下では,フィリッピン・プレートがユーラシア・プレートに潜り込んで地殻変動を起こしている。琉球弧周辺には,海底火山や地震も多い。

図 2.世界の海洋におけるサンゴ群体の分布。赤い丸印はサンゴ礁。塗りつぶしたピンクの部位は造礁サンゴ。赤い矢印は暖流,青い矢印は寒流を示す。琉球弧には,造礁サンゴが分布し,サンゴ礁を形成する。西大西洋には,サンゴ礁の中心地が存在し,中心を離れるにしたがって種類数は減少する。なぜ中心が存在するかは,まだ十分に解明されていない。Castro and Huber (2005) Marine Biology, Figures 14.10 を転写。

図 3.多良間島のサンゴ礁。2007 年 5 月下旬の撮影。飛行機が(旧)石垣空港に向けて高度を下げ始めると,機体の右側に多良間島が見えてくる。多良間島は,宮古島の西 67 km,石垣島の北東 35 km に位置する。宮古島の平良港からフェリーで約 2 時間かかる。2 時間だと,船のデッキから外を眺めていれば,船酔いが始まる前に多良間島に到着する。海路は宮古島からの 1 日 1 便のみ。飛行機はない(飛行場はある)。一度訪れてみたい島だ。

図 4.サンゴ礁(堡礁)の構造。リーフの縁(reef edge)までは 10m のこともあれば,何 km 先のこともある。八重山諸島では,礁湖(lagoon)が浅ければ,大潮(spring tide)の干潮時(low tide)にはリーフの縁まで歩いて行ける。多良間島(図 3)や石垣島(図 6)のように,礁湖が深い場合には,大潮の干潮時でもリーフの縁まで行くにはボートが必要である。リーフの縁は急に深くなっているので,陸(海岸)から見ると白波が立つのがわかる。リーフの縁は,潮が上げてくると強い波が押し寄せる。強い波が来た時に,足がサンゴ塊の間に挟まると命の危険が生じる。怖いのは「引き波」である。押し寄せる波に乗ってリーフの縁に渾身の力を込めてつかまらないと,次の引き波にさらわれてまたリーフの外に持って行かれる。グアム島では,引き波にさらわれてリーフの縁に戻れず,命を落とした人は多いと思う。Castro and Huber (2005) Marine Biology, Figures 14.17 を転写。

図 5.横当島(左)と上ノ根島(右)。横当島は,北緯 28 度 48 分,東経 128 度 59 分,トカラ列島の最南端の島である。横当島の標高は 494.8 m,上ノ根島は 280 m なので,両方ともほぼ絶壁の島。とても人が住めるところはない。島の周囲の白波は,海岸に砕け散る波か,サンゴ礁によりできる白波か不明。いずれにせよ,トカラ列島まで来ると,サンゴ礁が発達していない島が多くなる。近くの宝島(42 km 離れている)から漁船をチャーターすれば(一時的に)上陸できるだろうが,渡船は海をよく知っている船長に頼むこと。レジャーボートはお勧めしない。2007 年 5 月,飛行機の機内から撮影。

図 6.石垣島東海岸に広がるサンゴ礁原。石垣島の東海岸には,広大なサンゴ礁原が広がっている。いずれ詳しく説明するが,石垣島や西表島が海底から隆起したのは,1,300 万年ほど前(中新世)のことである。それ以後,島は多少の海抜の変化を繰り返した。島が隆起してから周囲に形成されたサンゴ礁は,途絶えることなく現在に至っているのだろう。リーフの縁が海岸から遠く離れていることは,島が古くから陸上に出ていることを物語っている。2007年 5 月下旬,旧石垣空港を離陸中の飛行機の機内から撮影。最近は黄砂の影響が強く,こんなにきれいな航空写真が撮れることはない。

図 7.石垣島東海岸に広がるサンゴ礁原。Google earth から転載(3D 画像)。右の方に新石垣空港が見える。石垣島では平地はほぼすべて畑になっている。サトウキビ畑,パイナップル畑が多いと思う。石垣島にしても西表島にしても,海岸を含めて,どこに行けばどんな景観や生物が見られるか,よくわかっている。また行って同じ景色や生物を見るよりも,google map の写真を見て,島の成り立ちとか過去の人の生活を想像することが楽しくなっている。

図 8.八重山諸島のサンゴ礁(2D 画像)。この辺りは造礁サンゴ類の宝庫である。こういう写真を見て琉球弧の過去に思いをはせるのは大変楽しい。

図 9.西表島アカパナリ(赤離)のサンゴ礁原。露出している石や岩は一面サンゴの死骸,つまりサンゴ虫が死んだ後に残った石灰質の「家」。石の裏側には多種多様な生物がいる。正面に見えるのは石垣島。左に見えるのは石崎。平久保半島ではない。右の山はオモト岳で合っていると思う。

図 10.西表島アカパナリ(赤離)のサンゴ礁原。リーフの縁まで行くと生きているサンゴを見ることができる。リーフの縁が露出するのは,大潮の干潮時,わずか 1 時間ほどだろう。春から夏にかけては,昼間の潮の方が夜の潮よりもよく引くが,秋から冬にかけては逆になる。

図 11.リーフ(赤離)の縁で見かけた,生きているサンゴのブロック。薄緑の部分に個虫(刺胞動物)が入っている。ブロックは,末は石灰岩になる。

図 12.リーフの縁(edge)。緑藻類が生えている。それ以外に,薄茶色のザリザリしたブロックは,褐藻類ではないかと思うが,サンゴだろうか?

図 13.リーフの縁(reef crest)にある生きたサンゴ。ここが干上がることはない。名前はわからないが,褐藻類や緑藻類もたくさん生えている。

図 14.リーフの内側にできたタイドプールに見られるサンゴ塊。タイドプールは干上がらないために,生きたサンゴを見ることができる。

図 15.ウミヘビ(クロガシラウミヘビ?)。いじめたりしなければ危険はない。海で遊んでいると,一緒に参加してくることがある。

図 16.クサビライシ(20 cm)。単体のサンゴ虫。生きているか死んだのか不明。そういえば,同じ刺胞動物のイソギンチャクにもバカでかいのがいる。

図 17.生きているサンゴ虫(群体)。種類は不明。それぞれの個虫が触手を介してつながっている。ニューロンの形態とよく似ている感じもするが・・・。

図 18.触手(polyp)全開になったサンゴ虫。開いたポリプにプランクトンを引っ付けて口に運ぶ。ポリプが開くのは,夜間の満潮時付近が多いと思う。

図 19.生きているサンゴ。先端には黄色い筒ができている。産卵の予兆なのだろうか?サンゴは,小潮(neap tide)よりも大潮(spring tide)に放卵する(spawning)個体が多い。この周期性を月周リズム(lunar rhythm)と呼んでいる。サンゴの放卵の周期性はそんなに強いものではないが,周期性に発現には内因性のリズム(circalunar rhythm)が関係している。Circalunar rhythm の同調因子(zeitgeber)は,潮の干満と月光の両方があるだろうが,環境を考慮すれば,月光の方が潮の干満よりも強い同調効果があるだろう。こんなことは,サンゴを実験室で飼育し,産卵の周期性と同調因子の効果を調べればわかるはずであるが,どうも実験をやった形跡はない。野外でサンゴを見て,きれいだ汚いだとか言っているだけでは,サンゴという生物の本当の姿はわからない。とにかく工夫して実験を進めることである。・・・と言うと,逆上する人たちがいる。視野が狭いと,すぐに感情的な議論に発展する。

図 20.放卵の近づいたサンゴ。最初はイソギンチャク(同じ刺胞動物)と思っていたが,どうやらサンゴ(刺胞動物)の一種であろう。

図 21.生きているサンゴ塊に穴(棲管)を穿って生活するゴカイ(環形動物)。ゴカイと言っても,ケヤリムシの仲間。「サンゴ礁とサンゴ礁原」の中で,私が一番関心を持っている海洋生物のひとつ。見た目のきれいさではなく,中生代の生物多様性のパイオニアになっているように思える。

図 22.生きているサンゴ塊に作られたケヤリムシ(環形動物)の棲管。生きているサンゴ塊に棲管を作る生物は限られている。環形動物から進化したとされる甲殻類は,生きたサンゴ塊に棲管を作る種類はいない。生きたサンゴ塊に棲管を作る性質は,ちょうど生物の発光と同じく,時間をかけて完成したのであろう。ケヤリムシは,三畳紀にサンゴ塊に取りつき,長い時間(1 億年とか・・・)をかけて,サンゴ塊の中に住みかを作ったのだろう。

図 23.触手を開いたケヤリムシ(カンザシゴカイ?)。図 20 と図 21 の種類とは異なり,この種は生きているサンゴ塊ではなく,死んだサンゴ塊の割れ目や隙間に張り込み,そこに棲管を作るのだともう。この類の巣穴は,十脚甲殻類(特にアナエビ類)が使っている。アナエビ類(Axiidea)は,多くの異種のグループの寄せ集めだろう。中生代(三畳紀やジュラ紀)には,サンゴ礁を利用して繁栄したのではないかと予想している。

図 24.リーフの縁で見たサンゴ塊。種類は不明だが,私はあまり種名にはこだわっていない。遺伝子解析も行われていない状況で,見た目から新種だとか亜種だとかを論じるのは,ちょっとばからしい感じがする。白い「うねうね」は触手が埋まっているのだろう。ひょっとしたら単体のサンゴ?

図 25.西表島,アカパナリ(赤離)のサンゴ礁原。5 月下旬の大潮(spring tide)の干潮時(low tide)。潮汐表(tide table)を見ればわかるが,-5 cm とか-10 cm 程度の潮位(tidal height)になったと思う。礁原の真ん中あたりだと,干潮時を中心に 2 時間ぐらい遊べると思う。前方に見えるのは石垣島ではなく西表島北部の古見岳,高那,美原方面である。一番左は小浜島。

図 26.死んで礁原に打ち上げられたサンゴのブロックの裏側にある生物群集。サンゴのブロックは,上から見ると何もいないように見えるが,石をひっくり返すと,裏側には多種多様な無脊椎動物群衆がひしめき合っているのがわかる。カイメン,イソギンチャク,巻貝や二枚貝が多い。カニやヤドカリもたくさんいる。このブロックの中,岩の隙間に私のお目当てのアナエビ類(Axiidae)が住んでいる。礁原には遊びに行っている訳ではない。

図 27.リーフの縁(干潮時が去って潮が上げてきた)。リーフの縁で遊ぶのもこれぐらいまで。八重山諸島のサンゴ礁では,潮が上げても「引き波」は強くないが,太平洋の島々では(例えばグアム),凶悪な引き波が発生する。頑張ってリーフの縁につかまらないと,いつまでも陸に上がれなくなる。太平洋戦争中に「引き波」という名前の駆逐艦があってもよさそうだが,さすがに艦名が悪すぎるのだろうか,「引き波型」は一隻も建造されていない。

図 28.上げ潮時(rising tide)のリーフの縁 edge。リーフに打ち寄せる波のしぶきでレンズが曇っている。このぐらい潮が上げてくると,リーフの縁からできるだけ早く退散する必要がある。リーフの割れ目に足を挟まれないように注意。海岸まで直線距離にして 200m ぐらいだろうが,途中に礁湖があるので,迂回するか泳いで横切る必要がある。水中メガネは絶対に必要である。

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