令和5年(2023)5月18日(木)
1.はじめに
ブッポウソウの産卵期間(breeding season or egg-laying period)は,5月下旬から7月上旬までの約50日間もある。巣箱が決まってから産卵床の準備(preparation of egg-laying bed),求愛給餌(courtship behavior),そして交尾(copulation)を経てだから,最初の卵が生まれる。巣箱が決まってから最初の卵が生まれるまでは2~3週間といったところだろうか。
だから,ブッポウソウは4月の終わりから6月中旬までの50日間ぐらいの間に繁殖地に飛んでくれば,繁殖は問題なく行われるだろう。5月下中から6月中旬という遅い期間に飛来しても,繁殖自体は可能である。ただし,卵数(clutch size)は産卵が早いほど多くの卵が生まれ(4つか5つ),産卵が遅くなると3つ,あるいは2つまで減少する(clutch size decline)。産卵数が減少する理由は,産卵に関与する内分泌システムが,5月上旬から6月下旬にかけて時間の経過とともに減衰するためである。
産卵できる期間が2か月近くあるということから,ブッポウソウは6月に入ってから繁殖地に飛来してもいいはずだが,実際には飛来は,4月末から5月中旬に集中しているだろう。なぜ,産卵が可能な期間の初期(initial period)に飛来が集中するのだろうか?私たちの研究は,ブッポウソウの産卵が個体群の中で同調している理由(原因)を明らかにすることである。
今までの記録から,ブッポウソウは例年4月末から5月中旬に繁殖地に現れることが推定されているが,今年(2023)は 5月14日の時点でも,ペアがいないか,ペアの片方しかいない巣箱が目立つ。5月1日から3日の間に巣箱に来たという報告はあるが,5月4日から8日あたりまでに来たという報告はない。5月9日と10日になると,やっとペアがいることを確認できた巣箱が増えてきた。
吉備中央町の和中(多様性プロジェクトの基地がある)にあるWA-01の巣箱では,5月14日(日)の午後になってやっと一匹(多分オス)が「鹿の角」にとまっているのを確認した。このオスは5月14日に和中に来たのだろう。WA-02から真っ直ぐにWA-01に飛んで,鹿の角にとまったことから,和中の地形を記憶している個体と考えられた。去年と同じオスが来たのだろう。WA-01とWA-02の間を往復して,明らかにまだ来ないメスをしきりに探している様子だった。このオスはペアになるメスが見つからなければ,遠出してメスを連れてくるか,あるいはそのままどこかに行ってしまう可能性もある。
和中にはブッポウソウの巣箱は,全部で5つある。そのうちペアがそろっているのは昔からある巣箱(WA-01ではない)ひとつしかない。これから先1週間ぐらいの間に,和中の巣箱を見つけてくれる個体が増加すると予想される。
今年は,吉備中央町では,周囲に1匹しかいない巣箱が多い気がする。ペアになっているか,一匹なのか確認することが難しいので,今のところは「そんな感じ」がするという程度である。5月20日を過ぎると産卵が始まるので,飛来数が例年より有意に少ないか,また産卵のタイミングが例年より有意に遅くなっているか,定量的なデータに基づいて判断できるだろう。
5月16日から17日にかけて,有漢町や巨瀬町を回っているが,まだ吉備中央町に向けて移動しているペアや単独個体がいる感じを受ける。私の直感は,いつもほとんど当たらないが,もし繁殖地への到着が遅れたとすると,繁殖地への移動中に暴風雨に会い,強い風に煽られて目的地とは違った方向に飛んだという可能性がある。その際にペアもはぐれて,いま別々に繁殖地に向かって飛んでいるのかもしれない。あるいは,越冬地(赤道近くの島々)の天候が悪く,飛び立つタイミングが個体群の中でそろわなかった(desynchronized)のかもしれない。
渡り鳥が概年時計(circannual clock)を持っていることはよく知られている。概年時計の主要な役割は,繁殖(breeding)の時期を1年の特定の時期(季節)にセットすることだろう。渡り鳥は,概年時計によって渡りの季節を知る。しかし,いつ渡りに入るかは,鳥自身が判断するのだと思う。
渡りの決断するきっかけ(trigger)は,環境の大きな変化とは限らないだろうし,変化に反応する個体差もあるだろう。多くの人たちは,鳥類の「脳」を,昆虫や甲殻類の脳と同じように漠然と考えているのではないだろうか?ホ乳類(mammals)では大脳が,鳥類(aves)は中脳がよく発達し,学習能力も高い。行動は,外部刺激に依存するだけでなく,自発的に誘発される可能性も大いにありうる。
2.被写体と撮影に関する基礎情報
<撮影者と所属> 三枝誠行・近澤峰男(生物多様性研究・教育プロジェクト常任理事)
<撮影場所> 和中・上田西(ともに吉備中央町)。
<撮影日時> 令和5年(2023)5月14日(日)。
<Key words> ブッポウソウ,飛来数,産卵が可能な期間,初期に同調, 概年時計(circannual clock)
<記録機材> 近澤第1カメラ(SONY RX10Ⅲ)。近澤第2カメラ(Canon EOS7D Mark ⅡとCanon 600mm AFレンズの組み合わせ)。
近澤第2カメラは5月14日(月)から使い始めた。
<参考文献>
・Gwinner, E. 1989. Photoperiod as a modifying and limiting factor in the expression of avian circannual rhythms. Journal of Biological Rhythms, 4: 237–250.
・Gwinner, E. 1996. Circannual clocks in avian reproduction and migration. Ibis 138: 47-63.
・Gwinner, E. 2003. Circannual rhythms in birds. Current Opinion Neurobiology 13: 770-778.
・小西正一. 1994. 小鳥はなぜ歌うのか。岩波新書。
・Visser, M.E., S.P. Caro, K. Van Oers, S.V. Schaper, and B. Helm. 2010. Phenology, seasonal timing and circannual rhythms: towards a unified framework. Philosophical Transactions of the Royal Society B: Biological Sciences 365: 3113-3127.
・Williams, T.D. 2012. Physiological Adaptations for Breeding in Birds. Princeton University Press, New Jersey.
図1.和中にあるWA-01の巣箱(ハウスの手前)。午前中はよく晴れていたので,和中から上田西や上田東まで行った。
図2.上田西にある巣箱。すでにペアが使って(occupied)いて,メスが巣箱から頭を出している。
図3.電線にとまるペア。メスが巣箱を出て,オスの近くにとまった。しばらく見ていると,求愛給餌や交尾が行われる。
図4.巣箱を取り戻そうとするスズメ。スズメは早くからこの巣箱にワラを運んで,子育てをしていた。巣はブッポウソウに壊された。
図5.電線にとまるブッポウソウ(巣箱A-08)。ペアの片方はどこにいるか不明。
図6.魔の第一巣箱H-30(中央の中電の電柱の奥にあるNTTの電柱に添架)。すごい雨。この一帯(湯武)では,毎年ブッポウソウがすごい事件(首がはねられたり,首をつつかれて死んだり・・・)に巻き込まれる。湯武では,毎年ブッポウソウは親子ともども全滅する。ある特定の場所では,ブッポウソウが全滅しているという事実は,私にとっては大変に興味深いことだが,ブッポウソウ信者は話を聞こうともしない。
図7.「鹿の角」にとまるブッポウソウ。雨が降っている。行動から,このブッポウソウはこの場所(WA-01)をよく知っていると思われる。
図8.雨のブッポウソウ。鹿の角(WA-01)に1時間ぐらいいて,どこかへ行ってしまった。5月17日まで姿を見せていない。