令和5年3月12日(日)
1.はじめに
3月1日(水)から生物多様性研究・教育プロジェクトの管理する巣箱の掃除を始めた。今年(2023)は,壊れた巣箱を取り換えながら作業を進めている。また,10時から11時ごろまではデータ整理をしなくてはならず,フィールドに出て掃除ができる時間は,午後を中心に1日当たり4~6時間に限られる。そういう事情もあって,巣箱の掃除は1日あたり10コから18コ程度になっている。
巣箱掃除に悲壮感はない。電柱登りは,運動不足の解消になり,平衡感覚の維持にも役立つ。夜に多発した「めまい」も電柱登りをしたら,あらかた消滅した。ただ,電柱登りがめまいを抑制できるという医学的根拠はないので,電柱登りが「めまい」の治療法になるかは不明である。
話は変わって,もう20年近く前になるが,私は日本化学工業協会がオーガナイズする「環境汚染物質が生物に与える影響プロジェクト」(正式な事業名は忘れた)に採択され,海岸の泥干潟(mud-tidal flat)にすむ十脚甲殻類の同性2形(例えば,メスなのにオスの生殖口もある)とヘドロに蓄積している内分泌かく乱物質との関係を明らかにしようとするプロジェクトだった。研究期間は,予備研究を含めて6年間だったように思う。
日本化学工業協会のプロジェクトは,公募であった。どれぐらいの倍率か知らないが,審査の最終段階では日本化学工業協会のメンバーによるヒアリングがあった。公募では,ヒアリング・面接・プレゼンテーションの段階になると,少数の候補者の中から良い印象を持ったテーマや候補者を採用することになるだろう。日本化学工業協会のヒアリングの場合は,少し違っていて,審査員(何人か覚えていない)が口々に私に質問してきたことは「環境汚染物質の研究では,どの応募者も汚染物質によって異常が起きたということばかりを主張するが,その実験のコントロールとなる生物の自然の中での行動がどうなっているのか,誰も教えてくれない。我々は,異常を検知する前に,何が正常な状態かを知りたい。」ということだった。私に対しては,干潟生物の正常な状態について研究してくれという強い希望であった。
自然の生物に起きる事態の何が正常で,何が異常かを判定することは難しい。正常か異常かは,人によって判断する基準(standard)や視点(viewpoint)が大きく異なるからである。それにしても,対象とする生物を長く観察していると,こういう行動は特定の環境の中で起きてもおかしくない行動,つまり正常と考えてよい行動と,これは汚染因子が直接間接に生体に作用して発現している異常行動であることの区別がつくようになる。
特定の環境に生きる生物の中で何が正常な状態で,何が異常な状態か?私はこの問題について,どこかの大学で行われた学内シンポジウムで講演を行ったことがある。その時に,農学部か環境理工学部の教授だったか,ヘドロが大量に堆積した笠岡湾(岡山県)は正常な状態だと堂々と言い放った者がいる。この者は私の話を聞かずに,自分の思い込みだけで意見を言う単なるバカであり,この類のバカは日本の大学にはやたらと多い。個々の教員の思考の聡明さという点では,日本の大学はアメリカの大学にとても太刀打ちできない。ブリンケン国務長官のような人は,日本ではまず見当たらない。日本という国では,どうも何かをやろうと思ったら,周囲にいる「因業じじい」どもにご機嫌伺いをしないと,意思決定ができない国家のようだ。
話はまた変わって,日本化学工業協会の干潟プロジェクトは,環境省がオーガナイズした内分泌かく乱物質プロジェクトに採択された。環境省の方は,最初から内分泌かく乱物質(いわゆる環境ホルモン)ありきで,私たちの研究は,内分泌かく乱物質が干潟生物の発生や行動に影響することを実験的に証明することになった。具体的には,十脚甲殻類の性的2形が,干潟に堆積している軟泥層(いわゆるヘドロ)の中に含まれている環境ホルモンによって誘発されることを示す研究であった。「示すかどうか」ではなく「示す」研究であった。
このプロジェクトは2年続けて採択された。しかし,研究を進めて行くうちに,性的2形を誘発するのは,環境ホルモンや環境汚染因子ではない可能性が高まってきた。
私はこの時点で重要な判断をした。つまり,結論は始めから用意されている;しかし,現実は予想された結論とは違った方向を向いている。これ以上研究を続けたら(時間は前後するが)STABの小保方晴子さんみたいになるのではないか? 原著論文が出た後に研究不正が発覚し,職場を追われる可能性もあるのではないか。
職場を追われるのは困る。だって,給料もらえないと家族全員を路頭に迷わせることになるじゃんか・・・。そういう可能性を斟酌して,このプロジェクトは2年間で辞退してしまった。
干潟にすむ十脚甲殻類の性的2形は,正常な範囲のできごとだろう。内分泌かく乱物質の影響ではなくて,腹脚(pleopod)を作る遺伝子発現の多様性の問題の可能性が高い。ただし,現代生物学はまだこの問題を解決できるレベルには達していない。
「性的2形」は正常な範囲のできごとだろうと言ったら,プロジェクトにはもう応募できなくなる。逆に,言わなかったら(発覚すれば)社会的制裁を受けるだろう。
お金や世間体に目がくらむと,義務感が大きく膨れ上がる。義務感はある段階(threshold)を越えると,不正に手を染めて問題解決を図る方向に急速に進む。そして計画は破綻する。小保方晴子さんのことを蒸し返して言えば,個人的な意見であるが,笹井芳樹氏は自分のつらさより,残された家族のつらさを考えた方がよかったのではないか?もちろん理研にはいられないが,耐え忍んで生きる道を選べば,しばらくたてば,その判断が正しかったと思えるようになる。
人間の判断力というのは,実に脆弱(ぜいじゃく)である。特に,失敗したという思いがあると脳がパニックに陥り,必ず魔が差すときが来る。その時に人間は簡単に崩れ落ちてしまう。根源は,人間の誰もが持つ「心の弱さ」にある。
さて,ブッポウソウ子育てカレンダーの第2回のテーマは,ブッポウソウの巣箱の中で死亡する野鳥が多発する案件である。わずか10日間の巣箱掃除の期間でさえも,アオゲラが2匹,シロハラが1匹巣箱の中で死んでいるのが発見された。ブッポウソウの季節(2022年)には,同じ巣箱(H-30)で続けて2匹の死亡が確認された。また,ブッポウソウの季節には,ブッポウソウ同士のけんかが多発し,多くの個体(毎年数十匹になると思われる)が,落鳥して命を落とす。
野鳥の会に尋ねてみれば,すべてが異常とみなされるかもしれない。中山良二さんに尋ねてみれば,事案すべてが間違いなく正常な範囲のできごとと言うだろう。岡山県の自然保護課とか,環境省はどう考えるだろうか?
2.被写体と撮影に関する基礎情報
<撮影日時>令和5年(2023)3月1日(水)から11日(土)にかけて。
<撮影者の所属> NPO法人生物多様性研究・教育プロジェクト。
<撮影場所> 吉備中央町の湯武(ゆぶ),豊野,竹荘。 <撮影機材> SONY RX10Ⅲ,NIKON COOLPIX。
<参考文献>Newton, I. (1989) Population Limitation in Birds. Academic Press.
図1.湯武(ゆぶ)にあるH-30の巣箱。昨年(2022)7月,立て続けにブッポウソウのメス(親)が死亡した。両方とも首をつつかれて,大動脈からの失血死と思われる。今年(2023)3月1日にまさかと思いながら巣箱を開けてみたら,今度はアオゲラの成鳥が死んでいた。アオゲラは首が掻っ切られていた。こう続けて死んでいると,H-30は「魔の巣箱」と言いたくなる。原因が究明されるまでは,ここに巣箱をつけ続けようと思う。
図2.魔の巣箱。自然の保護を考えれば,一時の感傷に流されることなく,死亡の原因を解明する必要があるだろう。なお,巣箱の中で死亡した個体にはウジが湧くこともなく,割と良好な状態に保たれている。死亡原因がかなり明確(失血死や首がはねられている)なので,感染症が関係している可能性は低い。獣医の方々はどう思われるだろうか?
図3.H-30の巣箱で見つかったアオゲラの死亡個体。首が掻っ切られている。死後数日以内だろう。湯武のあたりは,C-04の巣箱を中心に半径150m以内4つの巣箱があった。巣箱は,落鳥,卵喪失,ヒナの喪失などで去年(2022)は全滅し,この地域では巣立ちをした幼鳥がいなかった。
図 4.C-04 の巣箱がある電柱から見た C-07 の巣箱(右側のヒノキ林の左脇)。C-04 と C-07 は 100m ほどしか離れていない。この場合には,C-04 科 C-07のどちらか一つに入るケースが多い。犯人はおそらく,いったん木に登ってからこの電線を伝って巣箱に侵入したと思われる。
<ブッポウソウの巣箱の中で死んでいた野鳥>
アオゲラ
(発見日と巣箱)令和5年(2023)3月1日にH-30(湯武)の巣箱。3月10日にH-24(豊野)のH-24の巣箱。
(所見)H-30の巣箱にいた個体は頭部がちぎられていた。他の部分の外傷は見当たらない。H-24の巣箱にいた個体は頭部あり。顕著な外傷はなかった。H-30で見つかった個体は死後数日,H-24は死後1週間ぐらいたっている感じだった。
(推定される死亡原因)両方の巣箱(H-30とH-24)とも,電線を伝ってきた哺乳類(イタチかテン)に襲われた可能性がある。おそらく両個体とも血を吸われたのだろう。H-30では,同じような事件が今年(2023)も起きる可能性は非常に高い。それでは取り外せばよいかというと,そうは行かない。野生動物の保護を考えれば,原因が明らかになった後で撤去するべきだろう。
シロハラ
(発見日と巣箱)令和5年(2023)3月11日。上竹荘にあるE-04の巣箱。
(所見)頭部はあるが,腹部がなくなっていた。死後1か月は経っている感じだった。
(死亡原因)E-04の巣箱の周辺には大量のカラスがいる。(近くに肥料を作る工場がある。)カラスに追われて傷ついた個体が巣箱の中に逃げ込んだか,フクロウに捕まって巣箱の中で食べられた可能性がある。この巣箱(E-04)では,何年か前にカラスの片翼が入っていたことがある。おそらく同じ犯人だろう。近澤峰男さんお気に入りの巣箱だったので,残してある。
ブッポウソウ
(発見日と巣箱)令和4年(2021)7月にC-04の巣箱。やはり令和4年(2022)7月にH-30で連続して起きた。
(所見)C-04は頭部がなくなっていた。H-30は首をかまれて大動脈から大量の出血があったのだろうが,血痕はほとんどなかった。
(死亡原因)電線を伝ってきたテンかイタチの仕業の可能性。フクロウの可能性も捨てきれない。カラスの可能性はないだろうが,巣箱の入り口が広いので(直径8cmほど),広い分多くの外敵が侵入しやすいのかもしれない。だからと言って,すぐに狭くする必要もない。
これらの事例以外にも,ブッポウソウは親鳥が巣箱の中で死んでいるケースがある。生物多様性研究・教育プロジェクトの巣箱では,毎年4例から5例が,巣箱を掃除している最中に発見される。みな骨格と羽毛だけになっているので,死亡原因は特定できない。ヒナが死亡しているケースも時々発見される(7月に巣箱の中を見る際に発見した)。さらに,巣箱をめぐって毎年数十匹の落鳥があると考えられる(子育ての調査中,および巣箱の掃除中に地元の人たちから得た情報を総合して推定した)。