令和 5 年(2023)2 月 17 日(金)
1.はじめに
干潮時(low tide)に干潟(tidal flat)に行くと,泥浜や砂浜に掘られ た多くの巣穴がみられる。私の専門領域の一つに,干潟に堆積する砂 や泥の中に巣穴を作ってすむ十脚甲殻類の系統(phylogeny)と進化(evolution)の研究がある。十脚甲殻類(decapod crustaceans)というと,聞きなれない名称だが,私たちの身近にいるエビ,カニ,ヤドカリ等,5 対の肢(計 10 本)を有する甲殻類の総称である。Deca は「10」,pod は「脚」(「肢」でもよい)という意味。
十脚甲殻類には,イセエビ,ザリガニ,ロブスター,アカザエビ,クルマエビ,小エビ類も含まれる。これらのグループについて,日本語では,ザリガニ以外は語尾に「エビ」がつくが,英語では shrimp,prawn,lobster が区別されている。Shrimp は小エビ類。Prawn はクルマエビとかウシエビとか,スーパーでよく見かけるエビである。頭部と胸部は取り去って,腹部だけ何匹かまとめてハッポースチロールのトレイ(パック)に入っていることも多い。
Shrimp と prawn 以外は lobster と呼ばれている。Lobster はさらに細分され,Homarus spp.は lobster。日本語ではウミザリガニともいうが,ウミザリガニというと商品価値がなくなるので,ロブスターをそのまま用いている。ザリガニは排水溝のようなところに多いので,日本ではあまり食べないが,外国では高級食材になっている。ザリガニもlobster の一種であるが, なぜか crayfish と呼ばれている。
イセエビは spiny lobster, コシオリエビは squat lobster である。アナジャコは,mud shrimp であるが,これは直そうとしない分類学者が悪い。十脚甲殻類の中で,アナジャコ,オキナワアナジャコという名前が付けられているグループがある。「ジャコ」は雑魚の意味。「エビ」を含めて,日本では漁業者が使っている用語を,そのまま学問の世界に持ち込んでしまった。分類学者や生態学者はそれでも良いのだろうが,系統学や進化学の分野では,そのような生物名(俗称)の使用は,少なくとも私の感覚では,もう十分限界にきていると思う。
現代科学を推進するのであれば,それぞれのグループ(taxon)の系統(phylogeny)を反映した名称に変えるべきだろう。古典的な分類学者のやり方をいつまでも尊重していると,論理が無視された学問が延々と続くことになる。
十脚甲殻類の系統と進化に関しては,もう一つの問題がある。分類 学者は,生物界の人為的体系づくりをめざしている。系統(その生物のたどってきた道)は全然考慮されていない(例えば,異尾類の分類)。古典的な分類学者は,仮説の検証を嫌い,権威者の言動に従って右往左往を続けている。私はもうそういう「難しい」方々のご機嫌取りはしたくない。カニ類やヤシガニがたどったのと同様に,独立して戦う道を選びたい。なお,カニ類やヤシガニの名称には問題はない。
この記事では,西表島の西側で見られる浦内川のマングローブの泥干潟を紹介したい。西表島に最初に行ったのは 1971 年の春,次は 1972年の夏。その後何十回も訪れて干潟生物の研究をした。
2.被写体と撮影に関する基礎情報
<撮影者氏名と所属> 三枝誠行(NPO 法人,生物多様性研究・教育プロジェクト常任理事)。
<撮影場所と撮影日時> 西表島(沖縄県八重山郡竹富町)の干潟(与那田川,浦内川,ユツン,白浜)。撮影は平成 17 年(2005)11 月の大潮。
<撮影機材> PENTAX K–r だったかな?レンズはタムロンの 18–200mm をつけて使用したと思う。
<参考文献> 物を言うには,主張する根拠となる文献を提示すれば,自分の意見の客観性や公平性をより理解してもらいやすくなると思う。
- Futuyma, D.J. 1998. Evolutionary Biology (Third Edition). Sinauer Associates, Inc.
- Nibakken, J.W. 2001. Marine Biology. An Ecological Approach (Fifth Edition). Benjamin Cummings.
- Oishi, K., and M. Saigusa (1997) Nighttime emergence patterns of planktonic and benthic crustaceans in a shallow subtidal environment. Journal of Oceanography 53: 611–621.
- Saigusa, M., and K. Oishi (1998) Patterns of emergence in marine invertebrates: on the influence of a field light. Benthos Research 53: 95–104.
- Saigusa, M., and K. Oishi (1999) Emergence of small invertebrates in the shallow subtidal zone: investigations in a subtropical sea at Iriomote-jima in the Rhykyu Islands, Japan. Benthos Research 54: 59–70.
- Oishi, K., and M. Saigusa (1999) Rhythmic patterns of abundance in small ublittoral crustaceans: variety in the synchrony with day/night and tidal cycles. Marine Biology 133: 237–247.
- Saigusa, M., and K. Oishi (2000) Emergence rhythms of subtidal small invertebrates in the subtropical sea: nocturnal patterns and variety in the synchrony with tidal and llunar cycles. Zoological Science 17: 241–251.
- Saigusa, M. (2001) Daily rhythms of emergence of small invertebrates inhabiting shallow subtidal zone: a comparative investigatio at four locations in Japan. Ecological Research 16: 1–28.
- Ikeda, H., Y. Hirano, and M. Saigusa (2004) A pair of rosette glands in the embryo and zoeal larva of an estuarine crab Sesarma haematocheir, and classification of the tegumental glands in the embryos of other crabs. Journal of Morphology 259: 55–68.
- Yamasaki, M., T. Nanri, S. Taguchi, Y. Takada, and M. Saigusa (2010) Latitudinal and local variations of the life history characteristics of the thalassinidean decapod, Upogebia yokoyai: a hypothesis based on trophic conditions. Estuarine, Coastal and Shelf Science 87: 346-356.
- Nanri, T., M. Fukushige, J. P. Ubaldo, B.-J. Kang, N. Masunari, Y. Takada, M. Hatakeyama, and M. Saigusa (2011) Occurrence of abnormal sexual dimorphic structures in the gonochoristic crustacean, Upogebia major (Thalassinidea: Decapoda), inhabiting mud tidal flats in Japan. Journal of Marine Biological Association of the United Kingdom 91: 1049–1057.
- Ubaldo, J.P., T. Nanri, T. Takada, and M. Saigusa (2014) Prevalence and patterns of infection by the epicaridean parasite, Gyge ovalis and the emergence of intersex in the estuarine mud shrimp, Upogebia major. Journal of Marine Biological Association of the United Kingdom 94: 557–566.
- Hirano, Y., and M. Saigusa (2008) Description of the male of Upogebia miyakei from Ryukyu Islands, Japan (Decapoda: Thalassinidea: Upogebiidae). Journal of Marine Biological Association of the United Kingdom 88: 125–131.
図1.西表島地形図とイシアナジャコの生息場所
図2.浦内川の河口とイシアナジャコの生息場所
図3.ヒナイサラの滝。50m ぐらい高さがあり,周囲はとんでもない崖になっている。滝の上に行く道は 1 本のみ。海への出口に河口がある。
図 4.与那田川の干潟(大潮の干潮時)。このあたりにはオカガニ類が多く生息している。川岸の樹木:オオハマボウ,ヤエヤマヒルギ,ガジュマル,デイゴ,アダンなど。この辺りはオカガニ類が多く生息している。もう長靴に海水の入ったまま歩いている人が半数に達していると思う。
図 5.干潟の上でディスカッション。足元に生えているのはオヒルギ。
図 6.夜の干潟(干潮)でのイシアナジャコの採集。
図 7.干潟の上を歩く。泥の色を見ればわかるように,底質(表層)には酸素が行き渡っている。
図 8.マングローブの中にある小川。泥の上に出ているのは,ヤエヤマヒルギとオヒルギの気根。
図 9.泥干潟の上での十脚 甲殻類の採集。
干潟の底質(substrate)は泥 砂。茶色いのは,酸素が中まで行き渡っていることを示す。(酸素がなくなって還元状態になれば,底質は灰色か(へどろ),富栄養化が進めば黒い色(還元層)になる。西表島の泥干潟は,普通に歩いて行けるところが多い。干潮時の干潟にできたポコポコという砂泥の盛り上がりは,小さなスナモグリ(Callianassa bouvieri)の巣穴。その他に干潟の上にはミナミコメツキガニの大群がみられる。あとは,ユムシ(環形動物)の巣穴がみられるところがある。ユムシの種名は,一度教えてもらったが,忘れた。泥干潟・砂干潟には,一般的に言って,生息する生物の種類は少ない
図 10.干潟を歩く怪しげな二人。お遍路さんがスコップとベイトポンプを持って,四国からやってきたみたいな雰囲気。
図 11.ドロアナジャコとイシアナジャコの生息状況調査。白浜の湾にできる干潟。写真左の木はヤエヤマヒルギ。
図 12.浦内川の河口の景観。
図 13.浦内川の干潟でのイシアナジャコの採集
図 14.浦内川の干潟でのイシアナジャコの採集。気根が泥岩を貫いている。
図 15.オヒルギの気根が突き出た泥干潟。底質は硬い。
図 16.泥岩に作られたイシアナジャコの巣穴。
図 17.マングローブの泥干潟での生物採集。
図 18.マングローブ林内の小川の水。植物の葉に含まれるタンニンが水に溶けて茶色に変色。手前の黒い泥は還元層。
図 19.ヤエヤマシオマネキ(?)のメス。琉球のシオマネキ類には,多くの島々にすむ亜種の遺伝子が混じり込んでいるだろう。ヤエヤマシオマネキも,島によって体色に大きな違いが出ることが予想される。体色が違うことで異なった亜種を分けたり,場合によっては別種に認定しようとする人たちがいる。今は両者の遺伝的な違いを把握する方法(分子系統学的手法)が確立しているので,それらのデータを参考にしながら種の同定(identification)をすれば,納得のゆく説明ができるだろう。
図 20.干潟の砂地に巣穴を作るリュウキュウシオマネキのオス。シオマネキの鋏脚の左右性が決定する機構は面白い。