令和4年(2022)のブッポウソウ情報 No. 22:昆虫の体を半分にちぎる犯人は他にいるかも。

令和4年(2022)7月15日(金)

 令和4年ブッポウソウ情報No. 20(有漢どん詰まりのブッポウソウ)でもお知らせした通り,軽トラで走ると道の上に転がっているクワガタムシが目に入る。7月上旬から中旬が多い。ミヤマクワガタやノコギリクワガタのオスだと,大概は腹部がない(図1)。今年(2022)は,そんな個体を吉備中央町と高梁市有漢町で拾った。また,吉備中央町の上田東にある松尾神社の前の道では,胴体がもがれて死んでいる大きなシロスジカミキリも拾った(写真はない。)

図1.胸部が残って腹部がちょん切られている。足は胸部から生えているはずだが,腹部にくっついて持って行かれたか,腹部をもいだ時に外れてしまったか?7月4日下土井。

 ミヤマクワガタについては,もう何十年も前になるが,英田町福本でも7月中旬だったか,早朝にアベマキの樹液の下に腹部をもがれた個体が5~6匹落ちていた。もがれた直後のようで,触覚や歩脚,大あごが動いていた。

 また,4~5年前だったか,「有漢どん詰まり」にも3~4匹のノコギリクワガタが落ちていたことがあった。やはりみな腹部をもがれていた。

 クワガタやシロスジカミキリが落ちていた場所の近くにブッポウソウの巣箱があった。てっきりブッポウソウと思い,ブッポウソウ情報のNo. 20にはブッポウソウの仕業と書いたが,本当にブッポウソウか気になり出した。証拠はないが,アオバズクの可能性もあると思い始めた。ただ,ブッポウソウのヒナのくちばしに,ヒラタクワガタの大あごが突き刺さっていたことがあったので,ブッポウソウがクワガタを食べることは間違いないだろう。

図2.長法寺(どこの県か知らない)の境内にあるクスの枝にとまるアオバズク。平成27年(2015)7月1日,近澤峰男さんの撮影。近澤さんが撮った写真は,やはりきれいだ。私もアオバズクは,西表島で撮ったことがあるが,近澤さんの写真に比べてはるかに質が落ちる。この写真を見るとわかるように,フクロウの仲間は常に両眼視(つまりヒトと同じ)のようである。こちら(レンズの方)を見ている。

 クスの枝につかまるアオバズクは,前指が2本,後ろ指が2本である。アカゲラも,アオバズクと同様。一方,ブッポウソウは,前指3本,後ろ指1本である。前後合わせて4本の指の配置は,鳥類の系統(phylogeny)と関係している可能性が高い。両方のグループの祖先が分岐してから5,000万年ぐらいは経っているのだろうか?5,000万年前と言うと,地質年代では新生代・古第三紀の始新世にあたるが,ほとんどあてずっぽうな推定である。

図3.長法寺の境内(近澤峰男さん撮影)。弘法大師も高野山のこんな感じのところでコノハズクの鳴き声を聞いたのだろうか?だとすると,コノハズクよりもアオバズクの声を聞いた可能性があるような気がする。アオバズクの声は大きく,建物の中ならばブッ・ポウ・ソウと鳴いていると聞こえるかもしれない。

図4.ジュウイチ(Hierococcyx hyperythrus)。カッコウ目カッコウ科に属する。平成29年(2017)10月4日福井県にて(近澤峰男さん撮影)。ジュウイチという種名(和名)は,鳴き声からきているだろう。

 ところで,弘法大師は確か高野山の境内で夜に仏法僧が鳴いているのを聞いた。1,000年以上前の話である。弘法大師は中国の古い文献(経典)に,お寺の境内には佛法僧(「僧」は「棕」という漢字かもしれない)鳥がいて,夜に鳴くことを知識として持っていた。そして,ある晩に高野山の静まり返った境内で「ブッ・ポウ・ソウ」と鳴く動物の声を聞いた。何だ,中国の経典に出てくる佛法僧は日本のお寺にもいるではないか,と大師は記したのであろう。

 その後1,000年以上も佛法僧の正体は不明であったが,1935年に愛知県新城市の鳳来寺山で「ブッポウソウ」と鳴く鳥がいることが発見された。黑田長禮(くろだながみち)博士は,「ブッポウソウ」と鳴く鳥の正体は,コノハズク(Otus scops)であることを確認し,日本鳥学会で公表した。黑田博士の報告以降,ブッポウソウは種(species)としてのブッポウソウ(いま見ている本物のブッポウソウ,つまりEurystomus orientalisを指す)と声のブッポウソウ(コノハズクOtus scops)に区別され,長年の課題であったブッポウソウの謎は解けたとWikipediaに書いてある。

 しかし,この話はどうも府に落ちない。まずは鳥の鳴き声(song)と種名(species)の関係。野鳥の種名(特に和名)は,鳥の形態的な特徴からつけられたケースもあるし,鳴き声のトーンやフレーズの場合もある。図4は近澤峰男さんが撮影したジュウイチを示している。ジュウイチという和名は,ジュウイチと聞こえる鳴き声からきているだろう。しかし,鳴き声から和名がつけられたケースは多くないと思われる。

 ブッポウソウの現在の中国名は三宝鳥。発音はSanbaoniaoであるが,古い時代には佛法僧と表記していた可能性が高い。佛法僧の発音はFofaseng。ジュウイチ(図4)のように,漢字の読み方と鳥の鳴き声が一致するとすれば,仏法僧の鳴き声は「ブッ・ポウ・ソウ」ではなく,「フォ・ファ・セン」になるはずである。三宝鳥が何と鳴くか,中国語の文献にその記述はあったのだろうか? 佛法僧という中国名は,一見して鳴き声を反映してはいないとわかる。お寺にインドから仏教の伝達にやってくる鳥というイメージでつけられた名称であろう。

 次に,弘法大師の思い込み。中国ではブッポウソウの呼び名に関する問題は初めから起きていない。つまり佛法僧と呼ぶ鳥は,三宝鳥と書くにせよ仏法僧と書くにせよ,初めから一貫してEurystomus orientalisである。弘法大師は,経典に佛法僧が載っていることは知っていたので,境内で鳴いているこの鳥があの佛法僧ではないかと思ったのだろう。

 しかし,弘法大師の思い込みは,1935年に黑田長禮博士によって完全に否定された。黑田博士は,弘法大師が高野山で聞いたとされる鳥の鳴き声は,コノハズクであることを確認した。(ブッポウソウと鳴く鳥がいる→自分で確認→ブッポウソウと鳴いている鳥を捕獲→コノハズクと断定)。黑田博士の行った検証は信頼性が高い。私は,この人は質の高い学問ができるという印象を強く持った。

 にもかかわらず,ブッポウソウ問題は繰り返し私の頭の中に現れる。何がおかしいのか,長い時間考えてみた。中国の経典に佛法僧という鳥が載っている。高野山のお寺の境内で夜に「ブッ・ポウ・ソウ」という鳴き声を聞いた,あれ,これが経典に出ている佛法僧ではないのか,という想像は私にはよくわかる。しかし,1935年に黑田博士は「弘法大師が想像した佛法僧は,コノハズクですよ。」というメッセージを世間に送った。弘法大師の話は,ここで完全に終わっている。つまり,弘法大師は,いま私たちの見ているブッポウソウ(Eurystomus orientalis)とは何のかかわりもない人物である。

 一方,1935年あたりだと,中国の経典に出ている佛法僧は,私たちが今見ているブッポウソウであることがわかっていただろう。そういう状況だと黑田博士のメッセージを深読みして「弘法大師が見たのは声のブッポウソウ」というような作り話をする人たちが必ず現れる。声のブッポウソウなどという化け物は初めから存在しない。どうも腑に落ちないというのは,ここに原因がある。つまり,歴史的事実にしても物語のストーリーにしても,検証や考証と称して自分たちの都合の良いように話をすり替えてしまう人たちが現れることに問題がある。

 日本人には,検証や考証が好きな人が多い。例えば,「進撃の巨人」が出版されると,物語を考証する人たちがたくさん現れた。深読みウィルスに感染した人たち(これは若い人が多い)が,自分の都合の良いように話を構成し直して遊んでいる。漫画だから好きにやればいいのだが,現実的なことになるそうはいかないこともある。考証や検証を旗印にして,ちょっと悪質な深読みウィルス(思想もウィルスの一種)を社会に感染させる人々がいるのは間違いなかろう。悪質な深読みウィルスに感染すると,激論を越えて,例えば尖閣諸島の問題のように,国家の間で紛争が生じることもあるだろう。

 ブッポウソウの撮影をしている間,退屈なので,しばしば野鳥の鳴き声をまねてみる(図5)。中国地方のウグイスでは,ホー・ホケキョと鳴く個体は少ないのではないか。ホー・ホケチチョが多い。ウグイスの声は「あーダメだ・こりゃ」と聞こえることもある。ヒヨドリはピーヨ・ピーヨ・ピキピキ・ピーー。キビタキは,ピーヒャラ・ピーヒャラ・オッパッピー。要するにどの鳥の鳴き声も自分の耳に都合の良いように聞こえる。鼻歌の合間に虫も飛んでくる(図6)。

 野鳥の出す声(song)は,ヒトの音声(voice)とは音域の幅とかイントネーションが大きく違っているのだろう。口笛だと割によく似た声を出せる。カラスはヒトの声帯から出す音声である程度マネできる。ただし,やつらにはどう聞こえているか不明なのだが・・・。

<参考文献>
MacKinnon, J., and K. Phyllips (2000) A Field Guide to the Birds of China. Oxford University Press.

図5.和中の基地にあるブッポウソウの巣箱と600mmレンズ(巣箱と違う方句に向いている)。巣箱は写真右の電柱(カメラから40mの距離)。多様性プロジェクトの巣箱は,ブッポウソウの観察には向いていないことが判明した。

図6.トガリシロオビサビカミキリ。カメラのすぐ上を覆うノグルミの葉にたかった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です