令和4年(2022)5月12日(木)
5月10日(火)に高梁市有漢町で調査をしている最中に,中山良二さんから吉備中央町の美原でブッポウソウが一匹落鳥したという連絡が入った。外傷があるかを確認するため,中山さんのご自宅に持って帰り,保護しているという。中山さんのご自宅には,落鳥したブッポウソウを保護するための設備(飼育室あるいは管理室)がある。
5月10日は,美納谷(みのうだに)から下土井に出て,ミカサの巣箱を見に豊岡に行った。それから広域農道を通り,有漢町や巨瀬町の昆虫の発生状況を見に行く予定で,上有漢にいたときに電話を受けた。緊急性は低そうだったので,2~3時間してから立ち寄る旨の返事をした。
それから巨瀬町から川面町の道端に咲いているコバノガマズミ,オオデマリ,コデマリ,マーガレットなどの花を見て回った。5月10日の段階では,花は咲いているが,甲虫類はまだ発生していなかった。ブッポウソウの姿も,1匹か2匹見かけた程度である。いずれもまだ繁殖活動は始まっていないようだった。
吉備中央町では,昆虫もたくさん発生し始め(図1と図2),ブッポウソウのペアが繁殖活動に入っていた。大平山を越えて有漢町から北房町では,産卵時期(lay date)の年ごとの変動が,吉備中央町に比べてやや大きい感じがする。産卵数(clutch size)は,吉備中央町では今まで最大5コだが,有漢町より北の地域ではたまに6コ,あるいは1例だけだが,何年か前には7コ生まれているところがあった。
図1.満開になったマーガレットの花。黄色い部分が花で,その上にいる小さい黒い昆虫がコアオハナムグリ。吉備中央町では5月7日ごろからたくさん発生して白い花に吸蜜に来ている。 これは前回の桔梗のお花畑と違ってブッポウソウのお墓ではない。悪しからず。
図2.オオデマリの花に来たミドリカミキリ。体長は2.5cm, 重さは0.18g。これはブッポウソウが食べるだろう。
訪花性昆虫の調査を終えて,中山さんのご自宅にお邪魔した。ブッポウソウは,建物の一角にある飼育室の中にいた(図3)。美原には1か所,電柱の上にいつもトビが止まっているところがある。電柱の近くで田植えの作業をしていた方によると,ブッポウソウはトビを追っているときにトビの反撃を食らって落鳥したようだ。
図3.中山さんのご自宅に保護されたブッポウソウ(オス)。羽の内側にも外傷はなかった。
見たところ外傷もなく,すぐにでも飛び立つことができる感じだった(図4)。トビにつっかかり,トビの羽でたたかれたのかもしれない。おそらく落ちた場所は,水を張って田植えの最中の田んぼだったのだろう。発見が早かったからよかった。発見が遅れていたら水死の可能性も大きかったと思う。毎年5月10日から20日までの10日間は,ブッポウソウ同士のけんかで落鳥する個体が増える。今年(2022)もさらに落鳥の連絡が入るだろう。
図4.落鳥したブッポウソウの右側の羽。初列風切にある白紋の面積や初列雨覆の紫色の発色の程度から,オスと判断できる。
図5.放鳥前のブッポウソウ(5月11日)。精悍な顔つきである。繁殖期のオスは,この写真のように,くちばしが濃い赤色を呈することが多い。雄性ホルモンの分泌量が多いと思われる。(ぴよ吉とは,同じオスでも,くちばしの色が全く違っている。)ブッポウソウは雄性ホルモンの影響が,羽よりもくちばしに強く出るような気がする。なお白紋(図4)の面積のオスとメスの違いは,性ホルモンの効果ではなく,雌雄の遺伝的違いである。お間違い無きよう。
ブッポウソウは,落ちた日(5月10日)は中山さんのご自宅の飼育室で一晩過ごした。次の日(5月11日)に足環を装着し,かごに入れて落ちた場所まで行って放鳥した。放鳥した直後に巣箱の近くにある桜の木の方でメスの鳴き声がして,オスはそちらに向かって一直線に飛んだ。桜の木に枝にとまって,何度もオスとメスが鳴き交わしていることを確認した。メスはオスが再び現れることを必死の思いで待っていたに違いない。鳴き交わす声はいつまでも続いていた。今回の保護は大成功であった。
もし落鳥したブッポウソウが,中山さんのご自宅以外に連れて行かれたら,外傷がない場合にはその場で放鳥となると思う。しかし,放鳥されたブッポウソウが,吉備中央町の美原に戻れる可能性は低いだろう。鳥は帰巣本能(homing instinct)があるから,どこで放鳥されても巣箱の方に飛んで行けるかというと大間違いである。ブッポウソウは,一定のルートに沿って渡ってくる。つまり渡りのルートは,学習(learning)によって獲得されたものである。渡りのルートを外れて,人間の都合で「はい,ここで放鳥するよ。」と言って放しても,自分の巣のある方向に飛んで行くことは無理ではなかろうか。伝書バトとは,どっから放しても自分の家に戻るように訓練(training)されているから戻ってこられるのである。しかし,伝書バトと言えども,放鳥された場所が遠くなると自分の家には戻ってこられない個体が増加するだろう。「本能」という言葉は,昔は生物学の教科書でよく使われていたが,何でもできる超能力みたいな印象をお持ちの方が多いのではなかろうか。
西表島に調査に行ったときには,道路の脇の電線や橋の欄干につかまっている伝書バトがよく見つかる。いずれも足環がしっかりと装着され,人を全く恐れない。いつも宿泊している琉球大学の熱研(熱帯生物圏研究センター)で聞いてみると,台湾かどこかで伝書バトを放して帰巣させるようなレース(?)をやっていて,西表島には帰路に迷った個体がよく舞い込んでくるとのこと。
ブッポウソウは伝書バトのような芸当はできないだろうから,落ちた場所まで持って行って放鳥する必要がある。さらに,あまり長く飼育室に置くと,メスの方がいなくなってしまう可能性が高い。数年前に足王大権現の近くのA-05で落鳥したオスの場合には,1か月以上も飼育室に置かれていた。A-05の近くで放鳥したときには,すでにメスの姿はなく,オスの方もやがてどこかにいなくなってしまった。今回は,この大失敗の経験を生かして速やかに放鳥した。このペアは同じ巣箱で子育てをするだろう。経過観察も必要ないと思う。
落鳥を見つけたら,素手でつかむと手を激しくかまれるので,手袋等をはめて捕まえるとよい。手袋がなければ,身近にある布を被せて,両方の羽を胸部に固定するとバタバタしなくなる。野生の個体,特にオスは,とにかくくちばしで強く噛みつきたがるので十分に気を付けたい。頭部を布切れで覆って周囲が見えないようにすれば,いくらか嚙みつきは緩和される。
捕まえるのが怖い方は,すぐに中山良二さんに連絡を取っていただきたい。中山さんは在宅されている時には,パトカーよりも早く現場に急行するだろう。
中山さんの携帯電話の番号をご存じでない方は吉備中央町の協働推進課(TEL: 0866 -54-1301)を通じてコンタクトしたらよい。落鳥は,見つけたらすぐに保護しないと,他の野生動物(例えばカラス)の餌食になるので,家に戻って段ボール箱と軍手を持ってきてから,などと考えていると,戻ってきたときにはいなくなっていることが多い。
<参考文献>
三枝誠行・近澤峰男(著)「自然のふところ:近澤峰男さんと共に歩んだ自然哲学の道」 生物多様性研究・教育プロジェクト出版会。2022年3月出版。