君はユリの花の匂いがわかるだろうか?
私の研究テーマは,里山に来て子育てをするブッポウソウの繁殖システムや動物の認識機構に関係している。一方では,里山の自然環境の四季折々の姿に囲まれ,里山で生活する人々がどのように自然との触れ合いを保っているかについても,自然環境の保全との関係で興味がある。
6月下旬は、ブッポウソウのヒナのふ化状況を多くの巣箱を回って調べる日が続く。毎日軽トラで,少ない日で100km,多い日では150kmほど移動する。(ボクシーのエンジンが完全に壊れてしまい,中古を買うまで軽トラで岡山から出撃している。)3~4日ごとにガソリンを入れるので,結構な出費になる。
ついこの間まで,さまざまな草花が咲き乱れていた里山も,6月下旬ともなると種類が限られてきたようだ。6月中旬から下旬に目立つのがユリの花である。まずはササユリから。
ササユリは里山にあるコナラ,アベマキ(クヌギ),ナラガシワなどの疎林の林床に多い。昔はすごくいい香りがしたのだが,今はほとんど臭わない。毎年下草を刈ってやらないと,生えてこないのだと思われる。つまり,ササユリは中国地方の里山で長い間保護されてきた植物かもしれない。昔は,近くを通りかかるとどこからともなく良い香りがしてきたが,今はユリ自体を見ないとササユリがあることがわからない。
ササユリは,林床にまとまって咲くことはなく,密度の高い群生地はないだろう。ところどころに少数の集団が見られる。集中して咲かないというのには何か理由があるのだろうか?地味な花ではあるが,強い匂いも放ち,一本でも存在感は抜群である。寄り集まって人の目を引くよりも,孤高の美しさをわかってくれと言っているように思える。
次に,吉備中央町の上田西を通ったときに花壇に咲いていたユリの花。
人家の花壇に植えてあるユリは,色の濃い品種が多い。上田西の薪置き場の近くを通りがかったときに,道路反対側にある花壇にひときわ目立つ赤いユリが咲いていた(図2)。このユリも結構どぎつい色をしている。花壇というのは,どうしても花の品評会みたいになってしまうので,ササユリのような可憐な花をつける植物は,あまり選ばれないのだろう。
なお,薪置き場には,6月中旬まではキイロトラカミキリがいっぱいいたが,下旬(24日)はほとんど姿を消し,薪の上にいたのはエグリトラカミキリだけになっていた。里山のカミキリムシは,吉備中央町あたりだと5月中旬に発生し,6月中旬を過ぎると小型の種類は姿を消し,6月下旬からはノコギリカミキリやゴマダラカミキリなど,比較的大型のカミキリムシが目に付くようになる。7月に入ると,道によくクワガタムシが落ちているが,動体視力が衰えてくると,発見するのは難しい。
もうひとつ同じところに咲いていたやはり結構色の濃いユリがあった(図3)。花壇には,こういう植物を密集して栽培しているところが多い。ササユリの花の色(図1)は,淡いピンク色で,ササユリの花の色をよく認識するまでに時間がかかる。(思考のプロセスがある。)逆に,原色のユリは,一瞬にしてユリの花とわかり,色の認識に動員される神経細胞の数が少なくて済む,なんてこと(嘘か本当かわからない)を考えたりする。
年取って脳も老化してゆく人間にとって,思考のプロセスができるだけ短くて済む原色の花の方が美しく見えてくるというのはありうる感じがする。また,子供の時は,脳は成長の途上にある。成長途上にある脳も,微妙な美しさを感じ取れるまで感覚処理能力が発達していないかもしれない。だから子供は原色をふんだんに使った絵を書くことが多い。
図3と図4は,図2と同じ花壇に咲いていた別な品種。このユリはかたまって植えてあるので花が咲くとすごく目立つ。ただし,蜜はそんなに出ていないようで,集まってくる昆虫は少ない。子供や老人にユリの絵を描かせたら,まずササユリは選ばれないだろう。赤いユリ(図2)か黄色いユリ(図3)がトップ2を占めるのではないか。
同じ花壇にピンク色の花が咲いていた(図5)。これはユリではないだろうが,吉備中央町ではよく見かける。少しもらってきて家(岡山市北区)の庭に植えたら,どんどん繁殖して毎年きれいな花を咲かせている。カキツバタも廃屋の庭から少しもらってきて植えてみたが,こちらも毎年白と紫のきれいな花を咲かせている。
私は庭の手入れは全くしない。年に2度ほど草刈り機で雑草を除く。ウバメガシやクスのようなのは,枝を山刀で切り払ってお終い,みたいなことしかやっていない。だから手入れを必要とする植物はみな枯れてしまう。
吉備中央町の上野にある集落を通りがかったときに,道端に白いユリの花に似た植物が目に付いたので写真を撮った(図6)。花は完全にユリに見えるが,茎への花のつき方と葉の形(図7)はユリと違って,南西諸島の海岸に咲くハマオモトに似ている気がした。モクマオウの下によく生えるハマオモトはいつも見ている植物であるが,あまり花の記憶はない。白い色は間違いないが,何か白い帯のような花弁だった気がする。
南西諸島,例えば西表島の海岸の断崖に咲く白いユリの花がある。これは確かスカシユリで,こちらはササユリと違って群生する。がけ崩れが多発するような斜面によくみられる。
白いユリの花似の植物(図6と図7)の背景が,灰色になっているのにお気づきだろうか?黒いのは雷雲である。この日(6月24日)は,上野から吉川に行き,さらに岨谷(すわたに)から大和,さらに北を回る予定になっていた。5分たったごろからポツポツと雨が降り出し,吉川にある巣箱を調べるころには大雨になっていた。
自然を楽しむには生物の名前を知ることである。私の場合は,ひとつひとつの種類の名前を極めるのではなく風景が好きだ。もちろん雷雲も含まれる。だから,植物についてはそんなに詳しい名前まで知らなくても十分に自然をエンジョイできる。