2025年6月10日(水)
真庭市津々から新見市北房町へ
生物多様性研究・教育プロジェクトのブッポウソウ調査地域は,昨年(2024)までは吉備中央町を中心に,北は新見市北房町,東は久米郡美咲町江与味まで全部で7つの地域(A~G)を設定していた。しかし,調査地域が広がりすぎて自分一人では定量的な調査が不可能になってきた。調査にかかる体力的および精神的負担を考慮して,今年(2025)から大きく2つの地域に統合した(図1)。今まであった宇甘川(高梁市を流れる「有漢川」とは異なるので注意)の西側全域(旧B, C, D, E, F地域)は,ブッポウソウ会の方で面倒をみるとのことで,撤去はせずお譲りした。江与味の「吉」とかいう集落(G地域)は,「いんごう爺」が出現して大きなトラブルになったので,ここは撤収した。
フィールド・ワークをやっていると,地元のいんごう爺どもとのトラブルは日常茶飯事である。法律やガイドラインという社会基準が通用する世界ではないので,事情を説明しようすると途端に爺どもの頭にすごい湯気が立ち上る。トラブルが起きたら巣箱はそのままにしてサッサと逃げる方がよい。巣箱を見るために田んぼの畔を歩くのは犯罪行為ではない。巣箱は爺どもがいなくなってから取り外せばよい。名前を言えと脅迫してくるのがいるが,戦国時代の武士の戦いならいざ知らず,正直に従ったら大変なことになる。
学生は逃げ方が下手である。つかまってコメリで鎌を買わされ,草刈りの強制労働をさせられた者がいた。受験教育では知識の豊富さや小手先の計算能力のみが検定され,受験問題のマークシートには「いんごう爺に出くわしたら素早く逃げ去る」という選択肢はない。困難をどうやって切り抜けるかは,大学に入ってから実戦経験を積んで自分で学ぶ必要がある。いくら小手先の実験技術を詰め込んでも,応用できる力(反発する意思)がなければ,一生いんごう爺どもの恐喝におびえて過ごすことになる。
吉備中央町の方は,長年かかって綱島恭治さんが地ならしをしたのでトラブルは少ない。綱島さんも過去には,いんごう爺どもにずいぶん叱られたようだ。私の方は,地ならしができないので,好意的な人たちが住んでいるところを選んで巣箱を設置している。今のところ下中津井や北房町の方はうまく行っている。
朝6時半に家を出れば,和中には7時10分に着く。7時半に起点を出発し,巨瀬町(高梁市),中井町(真庭市)の巣箱を見て行けば,北房町に着くのは11時半前後になる。

図1.起点(生物多様性研究・教育センター)で軽トラに乗り換え,県道31号を西に向かって走る。賀陽町の上竹から県道78号に入り,巨瀬町(高梁市)に下りる。そこから県道313号を北に向かって走り,大きな鳥居がある高岡神社(真庭市上中津井)の手前を左折する。県道78号を再び北上すると下中津井町に出る。下中津井町には大きなゴルフ場があり,その周囲にはもう10年近く前からブッポウソウの巣箱が架けられ,繁殖活動の調査が行われている。吉備中央町では,今や私も立派な「いんごう爺」になっている。いんごう爺に対処するには,まずは自分自身がいんごう爺になるのがいいみたいだ。いんごう爺は大学にもいっぱいいた。

図2.真庭市下中津井と新見市北房町に設置された巣箱(全部は示していない)。この辺りはブドウの栽培が盛んである。林床の下草もきれいに刈ってある。

図3.下中津井にある巣箱。今年(2025)の3月に巣箱を掃除しようと思って電柱に登った時に,雷の音がした。稲妻はあたりが黄色くなるほど光った訳ではないが,怖かった。急いで電柱を降り,降り出した雨の中を走って軽トラに飛び乗った。・・・と言っても,畑の脇を走った距離は20mほど。その後,掃除をしなかったことは忘れてしまって,巣箱は2つ添加されたままになった。5月4日に来た時に,上の巣箱(H-35)にシジュウカラが産卵してあった(9コ)ので,その箱を下にずらして, 上に2409 の巣箱を移動した。つまり,2つあった巣箱の上下を入れ替えた。シジュウカラが産卵した巣箱(H-35)は, 上の巣箱(2409)から1.5m離して電柱に固定した。5月8日に見た時には,ヒナがふ化していた。5月14日,19日,21日に見た時にはヒナが育っていたが,5月23日に見た時には中がきれいに掃除されて,ヒナは一匹もいなかった。一方,ブッポウソウの方は,5月24日から上の巣箱(2409)で産卵を始めた。シジュウカラの方は,5月6日か7日ごろにふ化したと思われる。ヒナがいなくなったのは,ふ化してからちょうど15日後になるので,ブッポウソウにやられずにうまく巣立ちができたと思われる。・・・が,果たしてそうだったのだろうか?

図4.下中津井町に設置した巣箱2409(左)とH-35(右)の中(ともに6月9日撮影)。図3に示したように,2つの巣箱は上下1.5mの距離を置いて一本の電柱につけられた。最初に H-35 を自転車用のゴムチューブを使って電柱に固定し,少しずつずり下げる。適当なところで電柱に強く縛り,次に下の巣箱(2409)を電柱から外してH-35の上につけた。H-35の方はチューブを少し緩めてずり下げ,図3の位置で固定した。下の巣箱をH-35の上につけるときに,電柱登り機を支点にして垂直に立って仕事をすることになるが,体をロープで電柱に緩くひと巻きしておけば,バランスを崩しても落ちることはない。慣れればそう難しい作業ではない。右の巣箱(2409)は,巣材である白い綿が散らかっているが,シジュウカラのヒナが巣立った後なのか,それをもシジュウカラにつつかれて外に放り出されたか不明。

図5.巣立ち直前のシジュウカラ(H-35)(真庭市下中津井)。5月21日撮影。ブッポウソウはこの場所には5月8日ごろに現れたと思う。
図3に示したように,2つの巣箱は一本の電柱に1.5mの距離を置いて設置された(5月8日)。4月21日に見た時には,シジュウカラはまだ産卵していなかった。5月4日にはシジュウカラの卵が9コ置いてあった。5月14日と5月21日に見た時には,中にシジュウカラのヒナがいた。5月23日に見た時には巣箱の中は空になっていた(図4の右)。鳥類愛好家なら図4の写真を見て,これは巣立ちが成功したと喜ぶかもしれない。
しかし,写真のシジュウカラのヒナは様子が変である。まず,巣箱の中にカメラを入れた時に,中にいるヒナの動きがないことに何か変な気配を感じた。家に戻って写真を確認すると,やはり中の様子が明らかにおかしい。中央の2匹は綿の中に顔を突っ込んでいる。生死は不明である。写真の右下には3匹のヒナが並んでいるが,何か恐怖を感じて右下に縮こまっている感じである。おそらく,この巣箱(H-35)の映像は,ブッポウソウに荒らされた直後のものではなかろうか。
巣箱の入り口を狭くしてブッポウソウが入れなくしても,ブッポウソウはシジュウカラの親の方に強い恐怖を与えて,ヒナへのエサやりをできなくさせるだろう。

図6.真庭市下中津井の道沿いにある巣箱(2411)。今年(2025)道沿いの脇にある電柱に巣箱を架けた。早くからコケが運び込まれていたが,ようやく5月31になってシジュウカラの産卵が確認された。なお,この巣箱の50m先には巣箱(K-03)があり,そこは10年前からブッポウソウが入っている。

図7.真庭市下中津井の道沿いにある巣箱(2411)。初めのうちは巣箱に来ているのはシジュウカラではなく,コガラかヒガラだと思っていたが,6月9日に巣箱をのぞいたところ,シジュウカラであることが確認できた。シジュウカラが抱卵している時には,入り口からカメラを入れると,「パシュー,・・・パシュー」という音とともに尾羽を広げる行動が観察される。侵入者(intruder)に対するシジュウカラのメスの威嚇行動(aggressive behavior)だろう。「パシュー,・・・パシュー」という音は,最初に聞いた時には12枚ある尾羽をすり合わせて出されると思っていたが,どうも羽を広げるタイミングに合わせて口から出される音のように思える。ちょうどブッポウソウがカラスを追い払うときに出す「パシッ・コール」と同じメカニズムで発せられると思われる。ブッポウソウの出す「パシッ・コール」やシジュウカラの発する「パシュー」音の報告はあるのだろうか?報告がなければ,私が原著論文を書いてどこかのジャーナルに投稿する必要があるだろう。受理されると良いが・・・。

図8.新見市北房町の豊永佐伏の落葉広葉樹林内に設置された2つの巣箱(I-01とI-02)。林内は明るく,小鳥の鳴き声もたくさん聞かれるが,この林内にはシジュウカラは入ってこないようだ。すぐ近くにブッポウソウの巣箱が3つあり,林の上ではブッポウソウがうるさく鳴いている。林内にブッポウソウが入ることはないが,林縁や上空でうるさく鳴かれると,落ち着いて子育てができないということなのだろうか?しかし,巣箱はブッポウソウが来る前からかけられている。

図9.新見市北房町豊永佐伏の電柱につけられた巣箱。今年(2025)は,この道に沿って5つの巣箱が架けられた。この巣箱(2414)は,5月15日ごろにつけたと思うが,5月21日にはブッポウソウのペアが近くの電線にとまっていた。産卵は5月29日から始まり,全部で4つ卵が産まれた。6月9日に見た時には卵を温め中であった(右の写真)。吉備中央町から高梁市巨瀬町と有漢町,真庭市中津井町,それに新見市北房町では,新しくブッポウソウの巣箱を架けると,その年に入って産卵するケースが多くみられる。この一帯ではブッポウソウの個体数が非常に増えていることが予想される。ブッポウソウの個体数増加によって一番大きな危害をこうむっているのはシジュウカラだろう。ブッポウソウのおかげで生息個体数が減少している,なんてことにならないといいのだが・・・。

図10.新見市北房町豊永佐伏の電柱につけられた巣箱(H-08)。6月9日撮影。この巣箱はブッポウソウに見つからなかったらしく,シジュウカラが産卵し,6月9日にはヒナがふ化していた。今年(2025)は巣立ちができるだろうが,来年(2026)はブッポウソウに見つかって,ヒナ全滅という事態になると思う。

図11.新見市北房町豊永佐伏の電柱につけられた巣箱(K-10)。6月9日撮影。この巣箱も運良くブッポウソウに見つからなかったらしく,シジュウカラが産卵した。産卵は6月初めだろう。ここも今年(2025)は巣立ちができるだろうが,来年(2026)はブッポウソウに巣箱が見つかって,ヒナ全滅という事態が予想される。

図12.新見市北房町豊永佐伏の電柱につけられた巣箱(K-10)。6月9日撮影。巣箱にカメラを入れると,パシュー・パシューという音が聞こえてくる。パシューの頻度は個体によってまちまちだが,5秒に一回ぐらいの個体が多いのではないだろうか?写真(図 9)は後ろ羽を広げているところ。パシューを繰り返されたら,さすがのブッポウソウもすぐにシジュウカラを追い出すことはできないだろう。しかしブッポウソウもしたたかである。親のいない隙に巣箱に入り込み,卵を壊したり,外に捨てしまう。シジュウカラのヒナがいれば,つついて殺し,巣箱の外に捨てることも普通にやってのける。さらに親が巣箱の中にいるのにもかかわらず,巣箱に入り込んで親をつつき殺すこともある。シジュウカラの親はブッポウソウに抵抗するのだろうが,体の大きさの違いはどうしようもないようだ。今年(2025)は吉備中央町の和中にある谷(和中一族の住む谷)に新しく設置された巣箱で,シジュウカラの親が殺された。数年前には美原集落センターの巣箱(R-21)でも同じ事件が起きた。

図13.落葉広葉樹林の林縁部(新見市北房町豊永佐伏)。6月9日撮影。シジュウカラとブッポウソウは,林縁部にある樹洞(tree cavities)で産卵する習性があるのだろう。樹洞を作るのは,コゲラ・アカゲラ・オオアカゲラなどのキツツキ(woodpeckers)である。シジュウカラは,すべてのキツツキの作った樹洞を利用できるが,ブッポウソウが利用するのはオオアカゲラの巣穴だけである。巣箱が架けられるようになってから,ブッポウソウは,繁殖地に来るとオオアカゲラの作った樹洞には目もくれず,巣箱を探し求めるだろう。この辺りに来たブッポウソウは,巣箱が見つからないので繁殖をあきらめていたのではないだろうか?せっかく長距離を渡ってきたのに,繁殖場所が見つからないというのは,何ともお気の毒な話だが,祖先が巣作りをやめてしまった「つけ」が今になって子孫に回ってきたと考えてよいだろう。

図14.林縁部にある電柱につけられた巣箱(新見市北房町豊永佐伏)。6月9日撮影。この巣箱(E-10)も2025年5月8日に新設された。林縁部の見晴らしの良い場所に巣箱を設置すると,ブッポウソウに発見される。5月27に見た時には卵が2つ置いてあった。6月9日に見た時には,すでに産卵が終わり(卵は4つあると思う),メス親は巣箱の中で卵を温めていた。この巣箱はシジュウカラが入る間もなくブッポウソウに占拠されたと思われる。産卵床にはおがくずが敷かれている。

図15.林縁部に設置された巣箱(北房町豊永佐伏)。6月9日撮影。この巣箱(2505)も5月8日に設置された。すぐにシジュウカラがコケを運んで産卵床(コケ)を作ったようだ(右の写真)。しかし,こういう見晴らしの良い場所はブッポウソウに発見される。シジュウカラは直ぐに追い払われ,ブッポウソウの産卵床に変わった。しかし,いつ見ても箱の周囲にはブッポウソウが一匹しか見当たらない。6月9日にはブッポウソウが巣箱から出るところを目撃したので,巣箱の中を覗いてみたが,まだ卵はなかった。この巣箱にはメスがまだ来ていないようだ。6月14日にもう一度見ようと思う。

図16.巣箱(2505)を出て近くのヒノキのてっぺんにとまるブッポウソウのオス。巣箱が設置されてから,この場所(北房町豊永佐伏)には4~5回は訪れているが,いつ見てもブッポウソウは一匹だけだった。巣箱に出たり入ったりしながら,ずっとメスを待ち続けているのだろう。産卵が可能な期限は6月下旬。あと2週間しかない。
<参考文献>
- Del Hoyo, J., A. Elliott, and J. Sargatal. 2001. Handbook of the birds of the world, Vol. 6: Mousebirds to Hornbills. Lynx Edicions, Barcerona.
- Jeyarajasingam, A., and A. Pearson. 1999. A Field Guide to the Birds of West Malaysia and Singapore. Oxford University Press, Oxford.
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- 小西正一 1994. 小鳥はなぜ歌うのか。岩波新書。
- MacKinnon, J., and K. Phillips. 2009. A Field Guide of Borneo, Sumatra, Java, and Bail: The Greater Dunda Islands. Oxford University Press, Oxford.
- MacKinnon, J., and K. Phillipps. 2010. A Field Guide to the Birds of China. Oxford University Press, Oxford.
- Marler, P., and H. Slabbekoorn. 2004. Nature’s Music. The Science of Birdsong. Elsevier Academic Press. Amsterdam.
- Newton I (1994) Experiments on the limitation of bird breeding densities: a review. Ibis 136: 397‒411.
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- Saigusa, M. The circannual clock of the cavity-nesting dollarbird Eurystomus orientalis: synchronization and desynchronization of egg-laying that occur within the reproductive gate. In submission.
- Williams, T. D. 2012. Physiological Adaptations for Breeding in Birds. Princeton University Press, New Jersey.
記事に関する基礎情報
<執筆> 三枝誠行: NPO法人,生物多様性研究・教育プロジェクト常任理事。
<撮影機材> 森林の景観と巣箱の外観はCANON EOS 7DにTAMRONのレンズ(28‒300mm F/3.5‒6.3 Di VC PZD)をつけて撮影した。カメラとレンズは,いずれも「カメラのキタムラ」から中古品を購入した。巣箱の中は,釣具店で継竿(5.5m)を購入し,竿の先に小型カメラ(CASIO Exilim)をつけて,巣箱の下からリモート撮影を行った。小型カメラも中古品で問題ない。小型カメラを継竿の先につけるための器具については,市販品はないので,鉄製の細長い板をダイキとかジュンテンドーで購入し,25cm ほどの長さに切断し,板に穴を開けてカメラを固定する。薄い板を購入すれば,ヤスリを使って穴を広げることが可能である。木の板を使ってもよいが,あまり長持ちしない。カメラの先に LED キャプライト(HC-232B)をつけておくと巣箱内の様子がよくわかる。
<巣箱の購入と電柱への設置>
巣箱は吉備中央町協働推進課から寄付された。また,巣箱を添加する電柱については,NTT西日本のご協力を得た。