1.Introduction
ブッポウソウがブッポウソウが来るのを楽しみにしているのは,写真家だけではない。巣箱をかけてある里山で農作業をしているじいさん・ばあさんたちも同様である。いや,ブッポウソウに対する愛着は,多くの写真家や都会から訪れる観光客の想いをはるかに超えているかもしれない。
じいさん・ばあさんは,ブッポウソウの箱で今何が起きているかをよく観察し,私が行くたびに報告してくれる。もちろん,なぜかすごく怒る人もいる。ブッポウソウに対する想いは,里山で農作業をしている人たちと,写真家や観光客とは,基本的に異なっているようだ。
つまり,自然の保護(条例など作っている訳だから,自然保護も町おこしの一環だろう)と言っても,里山で農作業をしている人たちと,都会から観光や写真撮影に来る人たちとは,興味・関心が異なる。片方の目線のみで推し進めるべきではないだろう。
ブッポウソウの保護活動は,日本の社会では活発な動きを見せている。しかし,学術研究という側面を見ると,日本の野鳥の研究は世界に比べて大きく立ち遅れている。その証拠に,野鳥の専門書(例えば,生態学)を見れば,日本人の貢献度は極めて低いことがわかる。
原因はどこにあるのか?自然保護とか野生動物の生態や進化に関して,大学における人材育成(personnel development)がうまく機能していないのだろう。責任は文部科学省にあるのではなく,大学における自然科学研究に関する見識の低さにある。分子生物学をやっている偏狭な実証主義者は,野外に出て足で稼ぐ学問(生態学や分類学)を異常なくらい馬鹿にする。野外に出ることは,公務を放ったらかしにして遊んでいると決めつけている。多くの日本人の心の中には,劣等感や被害妄想が染みついているのだろう。
また,個人的なレベルでいえば,鳥類の行動・生態・進化を研究するには,高校までに習う英語・数学・国語・理科に関する基礎知識が必要である。もちろん基礎知識の修得は,研究と論文執筆のための必要条件であって,十分条件ではないことは理解しておきたい。早い話,大学入試センター試験で8割・9割正解する能力があっても,それだけで野鳥について良い仕事ができる訳ではない。必要条件という点から言えば,私は7割も正解できれば十分に条件を満たしていると思う。あとは個人のたゆまぬ努力である。
日本の科学者は,ご自分の研究についても強い劣等感をお持ちの方が多い。センター試験で人間が序列化され,テストの成績が良い人は,良くない人に対して優越感を抱く。しかし,成績が良い人の上には,さらに成績の良い人たちがいる。かくして,日本人全員が劣等感の塊になっているように思える。劣等感社会では,学力や実績ではなく,カリスマ性を持つ者が組織の長になることも多い。
多くの日本人が持つ大小さまざまな劣等感が,究極的には多くの研究分野で縄張り争いをもたらしている可能性がある。基礎学力の習得に加え,自然保護・生態学・進化学に対してもっと広い視野で物を考えることのできる人材育成をめざしたらどうだろうか。
2.撮影に関する基本情報
<撮影者と所属> 三枝誠行・近澤峰男(生物多様性研究・教育プロジェクト) <撮影場所> 中井町(高梁市),北房町(新見市)
<Key words>人材育成,劣等感と被害妄想,大学教育。
<撮影機材> Canon EOS 7DにTAMRON ズームレンズ(28-300 mm)を付けた。
<参考文献>
Ian Newton. 1998. Population Limitation in Birds. Academic Press.
図 1.真夏の里山の風景。7 月も下旬になると,道端や花壇の花はめっきり少なくなり,ただただ熱いばかりの毎日が続く。
図 2.中井町(高梁市)にある J-05 の巣箱。7 月 25 日現在で,まだ親が卵を温めている。ふ化するかは微妙なところ。ふ化しても,育つかどうか?
図3.J-05 の巣箱の下に落ちていた卵殻(egg shell)。子育てが遅れている巣箱の下を見ると,割れた卵が落ちていることが多い。J-05 の巣箱で は,ばあさんが頻繁に畑の管理を行っている。草刈りを行い,刈った草を集めて巣箱の下で燃やしている。ブッポウソウのそのたびに林の中に逃 げ込んでしばらく現れない。その隙に通りがかったブッポウソウが,巣箱を覗いて中にある卵をくちばしでくわえて外に放り出したのだろう。そのまま巣が放棄されることもあるが,ここ(J-05)はまた親が戻ってきて再び産卵したのだろう。ふ化しても育つか,危険な状況である。
図 4.樹皮の隙間に潜る甲虫。種類はよくわからないが,ヒラタクワガタではないかと思う。今年(2023)は,樹液にはヒラタクワガタが来ていることが多かった。ミヤマクワガタも多かったようで,頭部だけが道路上に転がっていた。ブッポウソウは,夕暮れや朝方に飛ぶクワガタムシを捕まえているようだ。捕まえたクワガタムシは,くちばしでくわえて硬いもの(例えば木の枝)に思い切りたたきつける。その衝撃で,頭部と胸部,あるいは胸部と腹部が分離する。ブッポウソウは,腹部をヒナに与え,分離した頭部や頭・胸部は道路の上に落ちる。もう 10 年以上昔のことだが,ブッポウソウのヒナを捕獲したときに,くちばしにヒラタクワガタの角(大あご)が突き刺さっていたことがあった。親が頭部を切り落とさずにヒナに与えたか,間違って頭部の方をヒナに与えてしまったのかもしれない。野鳥の口内,食道,嗉嚢(そのう)は,頑丈な作りになっているのだろう。ニセノコギリカミキリのように胸部側面に凶悪な棘(spine)を持つ甲虫は多い。また,カブトムシの脚の先は,鋭いかぎ状になっている。胸部側面の棘は落とすとしても,脚は食べてしまうヒナも多いのではないか?鳥は昆虫の体表を覆うクチクラを部分的に消化する酵素を持っているのだろう。完全には消化できないので,それらは,まとめてペレットとして吐き出される。ペレットは,「進撃の巨人」で,巨人に捕食された人間が口から吐き戻された姿とちょっと似ている。
図 5.「クワガタムシの樹」のすぐ近くにある K-03 の巣箱(北房町)。電柱の 10m 後ろにクワガタムシの樹が見える。今年もオオムラサキはいない。
図 6.警戒飛しょう(warning flight)をするブッポウソウのメス。巣立ちが近づくと警戒飛しょうの頻度が著しく高くなる。
図 7.警戒飛しょうをするブッポウソウのメス。ゲーゲゲゲゲとかケケケケーという激しい鳴き声を発しながら飛んでいる。
図 8.警戒飛しょうをしてから巣箱の近くにあるアベマキのてっぺんにとまるメス。アベマキの先端は柔らかいので,中の方のやや太い枝にとまる。
図 9.アベマキの枝にとまるブッポウソウのメス。どこにいるかお分かりになるだろうか?いったん茂みに入ると見つけるのが大変である。
図 10.ヒノキのてっぺんにとまるブッポウソウ(性別不明)。ヒノキの枝は割に硬く,ブッポウソウがつかまりやすい。
図 11.警戒飛しょうをするブッポウソウ。大空の中で激しく鳴きながら上下運動をする。今は上昇中。しばらくすると下降に移る。
図 12.遠くに見える入道雲(北房町)。雲の下(有漢町や巨瀬町?)では結構なスケールの夕立になっているのではなかろうか? 私は写真家が撮るようなブッポウソウの姿には大きな興味はない。写真家の集団や写真家を集めて町おこしだと主張する人たちとは,ブッポウソウに対する想いや考え方が,基本的なところから異なっている。だから私は,そういう方々とは一線を画して行動したいと思う。そういう方々を馬鹿にしている訳ではないが,避けて通る方が無難な時も多い。ブッポウソウは近澤峰男さんがたくさん撮影された。それを利用してゆきたい。