生物多様性研究・教育プロジェクト「自然史科学の研究」 2025‒No. 5: 野鳥の巣箱の乗っ取り合戦

2025年5月30日(金)

茨(いばら)の道
 NPO法人「生物多様性研究・教育プロジェクト」は,吉備中央町の和中に演習林を持っている。持っていると言っても,山林や平地は,地元から無料で借りている。NPO法人を運営するための年間経費はゼロ円である。研究してもお金は儲からない。
 教育をやりながら研究するのは,今の状況では不可能である。だから出費は極端に抑えないと法人が続かない。幸いにして,運営費はゼロでも法人は継続できる。なぜ「法人に」こだわるかというと,もう個人では研究(research)できない時代になっているからである。今は「組織」がないと自然科学の研究は難しい。まあ,高等師範学校発のベンチャー企業と考えていただければよい。(なぜそう思うのか,事情は後日説明する。)組織は大学や研究所以外でも良いが,世間の偏見だけは如何ともしようがない。
 演習林の名称は,今年(2025)から「千葉喬三演習林」という名称をつけた。今だから言えることだが,かつて千葉喬三氏には,言葉では言い尽くせないほどたくさんお世話になった。残念なのは,千葉喬三氏は農学部の所属であったが,私は理学部の所属であったことである。また,私の方は理学部の人事で採用された訳ではなく,横から流されて来たので(組織の改組),組織にどっぷり浸かることができなかった。そういう事情もあって,頑張って申請した大型の大学経費が採択されても,実施の段になるとすぐにハシゴを外された。研究活動の方は,周囲のご機嫌伺いなどせず,自分の判断で道を選んだが,教育活動に関しては,荊(いばら)(茨とも書くようだ)の道に入ってしまった。私はその頃の苦い経験を忘れたくない。いま吉備中央町で野鳥の研究(文化生態学ではなく自然生態学)を行っているが,千葉喬三演習林という名称があると,その頃の苦い記憶が時々よみがえる。
 荊の道に入ってしまったことは,自分で決めたことだし,後悔していない。それどころか,ムシたちやカニたちに促されて苦しい道を歩めたことは,自分の人生にとってラッキーだったと思う。もし私が理学部の人事で教員になったら,苦しい道を歩む前に大学をやめざるを得なくなったかもしれない。大学や研究所,大企業では上司や同僚と意見が合わずケンカをすると,どうも組織を辞めざるを得なくなるようだ。事情は様々であるが,途中でやめていった人たちが,私の身近でも3~4名はいた。他大学では,同僚のいじめを受けて自殺した人たちもいた。とにかく,何があっても組織にどっぷり漬かることは避けるのがコツだろう。

図1.千葉喬三演習林(野生生物研究センター)。5つハウスがあるが,現在はシイタケ栽培はやっていないので,ハウスの屋根を覆っていた遮光ネットがずり落ちているところがある。右手前のハウスには研究に必要な器具類や巣箱が置いてある。広場の中央には,自立柱が立ててあり,上の方にはブッポウソウの巣箱が架けてある。巣箱の内側と外側にはビデオカメラがついていて,ブッポウソウの子育てをリアルタイム見ることができる。録画装置とモニターは,手前から4つ目(後ろ側から2つ目)のハウスの中に置かれている。ハウスの周囲は,5月に入ってから一気に雑草が生い茂った。近いうちに草刈りをする必要がある。

図2.千葉喬三演習林(山側の斜面)。この辺りはクマザサが生い茂り,小川の両側にイノシシ道ができていた。自然環境の保全(管理)をめざして,まずは人間に一番大きな被害をもたらすダニ類の生息密度を減少させることを目標にした。日本語では「ダニ」とひとくくりにしているが,英語ではtickとmiteの2種類に分類されている。ダニ類は,分類学上はダニ目(Acarina)で,全部で6つの亜目に分かれる。マダニはtickのグループ(マダニ亜目)に属し,ヒゼンダニはmiteのグループ(ヒゼンダニ亜目)に入る。マダニの成虫は春に現れて,居候の華(ネコ)がよく拾ってくる。マダニはネコの顔の皮ふに深く喰いついているので,見つけたらピンセットでむしり取る。歩脚が皮膚に残るが,これは仕方がない。マダニはSFTSウイルス(重症熱性血小板減少症候群ウイルス」)を媒介するので,十分注意が必要である。また,ヒゼンダニは,時々大発生して特に野生のタヌキに大きな被害を与える。ブッポウソウの巣箱で増殖するヒゼンダニは,噛まれると皮膚に発疹が現れ,痒みが数日続いて治まる。一方,ホ乳類に寄生するヒゼンダニ(種類は不明)は凶悪である。1972年には西表島でヒゼンダニの大発生があった。膝から下をひどくやられて,完治するまでに3か月以上かかった。ヒゼンダニにはフロリダ州の河口の草むらでもやられた。ダニに気が付いた時には100匹以上がズボンの内外をはっていた。

図3.クマザサの伐採後に咲いたタマスダレ(かな?)。クマザサは硬いので,草刈り機で伐採するのは結構な重労働になる。一番困るのは,丁寧に狩り払っても,地面から突き出た部分が数センチは残ることである。そんなところを長靴で歩くと,地表に残ったクマザサに引っかかって長靴は簡単に破れる。硬い靴を履けばよいが,靴だとズボンの裾(すそ)を靴下の中に入れ,すその周囲に(つまり靴下の表面に)ディートとか殺虫剤を噴霧しておく必要がある。特にイノシシ道でかがんだり,座り込んだりするのはよくないと思う。春になると華がよくマダニを引っ付けて戻ってくるが,どこがマダニの発生源になっているか不明である。

図4.田んぼ後に咲いたアヤメ(カキツバタか?)。5月中旬になると,田んぼの跡地には紫と白のアヤメが咲く。少し前までは,アヤメと背後の石垣との間でシマヘビをよく見かけたが,草刈りをするようになってから見かけなくなった。演習林を開設したころはマムシもよく見たが,最近は見ていない。

図5.伐採地に残したハゼノキの幹につけた巣箱。林の木々を伐採すると,小鳥の個体数が飛躍的に増加するようだ。斜面に木々を伐採するとすぐにシジュウカラのペアが見つけて産卵した。生木は垂直ではなく傾いている。電柱登り機を使って,地面から3mほどの高さに巣箱を設置した。あまり高く登ると木が折れる危険があるので,地面からせいぜい3mの高さが限界である。今年(2025)は,5月7日にブッポウソウが来て巣箱(WA-01)をのぞいていた。ブッポウソウは繁殖場所に飛来すると巣箱に入って,自分の産卵床を作る。その際にシジュウカラの卵は口にくわえて外にポイ。ヒナがいれば無残にもつつき殺して外にポイ。写真の巣箱(2414)も危なかったが,かろうじてブッポウソウの「地ならし」は逃れた。30m右側にあった巣箱(2418)では,スズメが子育てをしていたが,ブッポウソウに壊された。

図 6.上有漢(高梁市)にある巣箱。シジュウカラが巣穴の入り口から顔を出している。今まで何気なしに見ていたが,シジュウカラの胸には「黒いネクタイ」がある。スズメにも同じ黒いネクタイがある。シジュウカラやスズメの黒いネクタイには何か役割があるのではないか?そう思って「ぴよ吉」を見てみると,ブッポウソウには紫色の美しいネクタイがあるではないか・・・。野鳥の首から前胸部にかけてのネクタイは,どんな意味を持っているか,そのうちに仮説を出してみたい。

図 7.ブッポウソウの止まり木である「鹿の角」の近くに設置されたシジュウカラの巣箱(番号は忘れた)。地面から高さ 2m のところに設置。近くをシジュウカラのペアが飛んでいたので,シジュウカラが子育てをしているかもしれない。小屋の右側にあるのはクワ。左側は柿。巣箱や小屋の左端にあるハゼの木の幹に設置された。早く草刈りをしないと,草茫々になる。この小屋は写真右側の巣箱(WA-01)(写っていない)に出入りするブッポウソウの観察用に作られたが,全然役立っていない。

図8.ブッポウソウの巣箱(WA-02)。県道31号を行くと,和中から上田西に行く道が分かれている。多様性プロジェクトの管理する「野生生物研究センター」は,分岐点から300mほど上がったところにある。分かれ道を数十メートル入った所に野鳥の会の巣箱(95)があり,そこから100m奥に入った道沿いにWA-02がある。さらに150m上には研究センターがあり,WA-01が設置されている。WA-02は,写真左側の電柱につけてある。写真をよく見ていただけるとわかる。WA-02の周囲は,ブッポウソウが好む場所らしく,毎年ここで巣箱の占有をめぐるブッポウソウの大ゲンカが見られる。結局ここで産卵することはないようだ。今年(2025)は不明。

図9.ペアで渡ってきたブッポウソウ(5月12日)。有漢町上有漢にはL-05とL-06の2つの巣箱がある。L-05は枯れ木の向こう側に,L-06(図7)は手前側にある。こっちを向いているのでL-06の見張りをしているのだろう。L-06でもシジュウカラのヒナが育っていたので,L-06を下におろし,上の方に新たにL-02を設置した。・・・にもかかわらず,途中でこいつらにやられて全滅した。しかも,何とここでは上の巣箱(L-02)では産卵せず,下の方(L-06)で産卵した。嫌な奴らだ。

図10.巣箱を出るブッポウソウ(吉備中央町・上田西)。上田西にはA-27(木柱)と近くにA-05がある。いつもはA-05に入るのだが,今年(2025)はA-27を使うのかも知れない。5月25日に見たら卵をひとつ産んであった。あるいはA-27には新しく来たペアが入ったのかも知れない。

図11.WA-01の巣箱の中。(5月19日,朝8時39分)。WA-01には今年(2025)は5月7日に現れた。しかし,親はWA-02との間を行ったり来たりして,すぐにWA-01を選ばない。5月27日までは産卵が確認されていない。なお,ブッポウソウでは,最初の卵が産まれるピークは5月20日から6月4日までの15日間である。産卵数は4 コか5コになることが多い。産卵数は1995年から2025年の30年間で,ひとつ増加していると思う。30年で1コ増加とはすごい数値である。

図12.王子権現神社の巣箱(左)と巣立ち直前のシジュウカラ(5月21日)。巣箱は上が2501で,下がR-18。5月1日に見ると,R-18でシジュウカラが産卵しているのを確認したので,5月8日に巣箱ごと下に移し,上には新しく2501を設置した。巣箱間(2501とR-18)の距離は1.5mぐらい。5月中旬にはブッポウソウの姿が確認されたが,下にあるR-18のヒナを襲うことはなく,5月21日に見た時には巣立ち直前の幼鳥がいた。R-18では確か7匹ヒナが育っていたと思う。図12には6匹しか写っていないので,すでに一匹は巣立ったと思われる。入り口の小さい巣箱を使えと言う意見もあるが,ブッポウソウの入る巣箱のすぐ上か下に移しても,ブッポウソウはシジュウカラの子育てを妨害する。1.5mから2mほど距離を離すと,巣立ちの成功率が上昇する。しかし,2m離して下に移しても,3分の2ぐらいの巣箱ではブッポウソウが入り込んでシジュウカラのヒナを殺してしまう。2m離しても,入り口の小さい巣箱を設置すると,カメラが入らず子育てを観察できない。

図13.幼鳥(ヒナ)のウンチをくわえて巣箱を出るシジュウカラの親(5月21日)。電柱には山際幹91とあるので,高梁市中井町津々にあるK-07の巣箱だろう。この電柱には昨年も巣箱が2つかけられていた。今年(2025)の 3月に巣箱の掃除をしようと思って電柱に登っていたら,突然雷鳴が響いた。びっくりして慌てて降り,軽トラに入ったが2つの巣箱はそのままになってしまった。5月4日に見ると,上の巣箱(K-07)にシジュウカラの卵が9コ産れていた。自転車用のゴムチューブを利用して,K-07 を 1.5m下にずらせ,上には2409の巣箱をつけた。5月23日に見ると,ブッポウソウは上の巣箱(2409)に出入りしていたが,1.5m下にあるシジュウカラの巣箱(K-07)では巣立ちが近づいたヒナが全部死んでいた。5月25日に見ると,死んだヒナは全部外に捨てられていた。ブッポウソウ(図9)の仕業である。

図 14.クモの巣に引っかかっていたクロスジギンヤンマ(?)。5 月 21日,高梁市有漢町・王子権現神社にて。王子権現神社の巣箱の方は(R-18),ブッポウソウが来るのが少し遅れたせいか,ブッポウソウの攻撃を受けることなく,シジュウカラは全部巣立った(図 12 参照)。R-18 の巣箱の脇にはコガネグモの巣があり,クロスジギンヤンマが引っかかっていた。ギンヤンマ,オニヤンマ,コオニヤンマはブッポウソウが大好きな昆虫である。

図15.夜間に出現するバケモノ(WA-01)。和中にある研究センターに架けてある巣箱(WA-01)には,巣箱の内側と外側にビデオカメラがついている。ビデオカメラの映像を再生すると,外カメラの方には夜になるとバケモノ(?)がゆっくりと巣箱の周囲を行ったり来たりする姿が写っている。最初はイタチのようなホ乳類かと思ったが,どうも違うようだ。割と大型のガではないだろうか?夜には可視光線は出ていないはずなので,巣箱の内外に設置したカメラから出る赤外線に反応しているのだろう。巣箱の入り口の直径は8.5cmほどなので,それより少し小さい。フクラスズメと予想するが,どうだろうか?動きはガではなく,ホ乳類に近いのが不思議である。

記事に関する基礎情報
<撮影機材> EOS 7DにTamron 28‒300mm, F/3.5‒6.3 Di VC PZD(レンズ)をつけて撮影した。EOS 7DとTamronのレンズは,ともに中古品を購入した。カメラとレンズの中古品の場合には,インターネットで購入するよりは「カメラのキタムラ」で買う方が安心感がある。キタムラは,販売する前にカメラやレンズの外見や作動状況をチェックしているので,失敗が少ない。顕微鏡撮影も含めて現在稼働中のEOS 7Dは4台。いずれもキタムラから中古で購入した。その他,EOS 7D Mark Ⅱと60mmレンズは近澤峰男さん(2019年5月にお亡くなりになった)からお借りしている。SONY RX10Ⅲも近澤さんからお借りしている。SONY RX10Ⅲは,昆虫の写真がきれいに撮れるが,動作が多少緩慢である。
<執筆責任者> 三枝誠行(NPO法人,生物多様性研究・教育プロジェクト常任理事)。

<参考文献>

  • Ferl, R.J., and R.A. Wallace 1996. Biology: The Realm of Life. Third Edition. HarperCollins College Publishers, New York.
  • 平尾正治 2007. ソロモン軍医戦記:軍医大尉が見た海軍陸戦隊の死闘。光人社。
  • 池田嘉平・稲葉明彦 1971. 日本動物解剖図説。森北出版。
  • 菊池俊英 1976. 人間の生物学。理工学社。
  • MacKinnon, J., and K. Phillips 2000. A Field Guide to the Birds of China. Oxford University Press, Oxford.
  • Newton, I. 1998. Population Limitation in Birds. Academic Press, Amsterdam.
  • 佐々 学 1977. 熱帯への郷愁。新宿書房。
  • 佐々 学 1985. 自然こそわが師:医学と動物学の接点を歩んで。東京大学出版会。
  • 佐々 学・緒方一喜 1965. 衛生害虫。岩波全書。
  • 佐々学・海老沢功・神田錬蔵 1967. 熱帯病学。東京大学出版会。
  • 佐々 学・青木淳一(編) 1981. ダニ学の進歩:その医学・農学・獣医学・生物学にわたる展望。北隆館。
  • 内田亨 1965. 動物系統分類の基礎。北隆館。
  • Williams, T.D. 2012. Physiological Adaptations for Breeding in Birds. Princeton University Press, Princeton.
  • 山田真弓・西田誠・丸山工作 1981. 進化系統学。裳華房,東京。

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