ブッポウソウ総合情報センター・ニュース:四季折々の自然の風景と野鳥 No. 2:近澤峰男さん剣山に登る。

 近澤峰男さん(兵庫県明石市)は,平成31年(2019)5月にご病気でお亡くなりになった。センター・ニュースの筆者としては,同い年の方がこの世を去って行くのを知ると,つらい思いにさいなまれる。御自分の本当にやりたいことを,さあこれから誰にも気兼ねせず存分にやろう,と頑張っていた矢先に不幸に見舞われた。「もうだめかもしれない。」と言われた時には,すでに相当覚悟されていたと思う。

 センター・ニュース「四季折々の自然の風景と野鳥」のセッションは,近澤さんが撮影された多くの写真を,物語風にアレンジして皆様にお届けするために開設した。物語は,あくまでも近澤さんのご遺志に沿った内容にすることを心掛けた。つまり,物語は近澤さんの思いを著そうとしているのであって,私はその仲介者になればと思っている。

図1.剣山の頂上(標高1,955m)にある岩に腰を下ろす近澤峰男さん。あたりには霧がかかっている。(いわゆる「ガスっている」状態。)近澤さんが座っているのは,花こう岩か?表面に地衣類が固く張り付いている。写真ファイルには,平成19年(2007)7月18日とある。

 図1の写真は,剣岳の山頂で近澤さんが岩に腰を下ろしているシーンである。写真の撮影日は,平成19年(2007)7月18日。2007年7月と言えば,峰光一さんが信州大学博士前期課程の2年目にあたる年で,ブッポウソウの研究のために吉備中央町にある日名義人氏のお宅に長期間お世話になっていたのではなかっただろうか。もちろん,私もそのころは近澤峰男さんのことは全然存じ上げなかった。

 自分の方は,ブッポウソウを始める1年前で,5月には2週間ほど西表島で野外調査を行った。7月は何をしていたのかよく覚えていない。岡山県水産研究所でガザミの鋏脚(かんきゃく)の左右性(laterality)の研究をしていたかと思う。しかし,峰さんがけがをされて,その時に加茂川庁舎の前で一度お会いした記憶がある。たしか平成19年7月だったと思うので,すでにその年にはブッポウソウにいくらか興味を持っていたのかもしれない。

図2.剣山の天然記念物,剣山並びに亜寒帯植物林。鳥居の正面には「大剣神社」と記してあるようだ。木の鳥居である。インターネットによれば,本州の針葉樹林はモミ属が一番多く,次いでコメツガが多い。トウヒ属は少ない。とすると,鳥居の右の針葉樹はモミになるのだろうか。鳥居のすぐ左側はヤナギであるが,種名まではわからない。小道の脇(右側)にあるのはショウマだろう。奥の方には,ササが見えている。この場所の標高は1,800mぐらいではなかろうか。

 平成19年(2007)7月18日の朝早く(多分朝3時と思う。)近澤さんは,明石市にあるご自宅を出られ,神戸淡路鳴門自動車道を通って四国に入っただろう。徳島自動車道を西に向かい,美馬ICで高速道を出たと思われる。それから県道438号線を南下して剣山観光リフト乗り場(見ノ越駅)に向かったのだろう。438号線は,つづら折りの道が続いているので,美馬ICから剣山リフトの駐車場までは相当な時間がかかったと思われる。

 見ノ越駅から登山リフト西島駅まで15分ほど。登山リフト西島駅(要するにリフトの終点)で降りてから,徒歩で参道を登って行かれたのだろう。図2に示した鳥居は,大剣神社手前にあると思われる。登山リフト西島駅の標高が1,730m(図12にある)とあったので,鳥居の場所の標高は1,800mと推定した。大剣神社から1 kmも歩けば頂上に着ける気がする。

図3.剣山頂上付近(尾根道)の景観。頂上付近になるとモミ以外の針葉樹も少し出てくるだろうが,写真左の樹木がモミ以外の種類かは不明。尾根の遊歩道周辺にはササがびっしりと生えている。ササの種類も不明。気温は,15℃から20℃の間ぐらいではないだろうか。

 近澤さんは,徒歩で大剣神社まで行き,そこから遊歩道をまっすぐ上に上がったか,右側の歩道を歩き,尾根筋に達したのではないだろうか(図3)。図2に示した鳥居がどこにあるのか,google map proでは見つけることができなかった。

 平成19年7月18日は,あまり天気はよくなく,尾根筋はいわゆるガスっている状態。こういう時は,チョウは飛ばない。信州の山岳地帯だと,このぐらいの標高(1,900m)だと,晴れていれば,ベニヒカゲやクモマベニヒカゲ,ミヤマモンキチョウ(いずれも採集は禁止されているだろう)が飛んでいるが,中国・四国地方の山には分布していない。

 私は剣山には登ったことはないが,7月下旬だと晴れた日には,尾根筋に近いノリウツギの花には,ヨスジハナ,マルガタハナ,フタスジハナ,ヒメハナカミキリ(種名は見てみないとわからない)アカハナカミキリなどの普通種が来ていると思う。運がよければ,ヘリグロホソハナカミキリが見られる可能性がある。チョウは,晴れた日でもあんまり飛んでいるイメージがないが,たまにアカタテハが遊歩道を横切って行く感じがする。

図4.剣岳山頂付近の尾根筋の景観。二度見展望所からジロウギュウ(1,929m)方面を写したと思われる。剣山山頂は,この尾根道を反対方向に歩くと10分で着く。

 剣山の尾根道は,一部を除いてどこもよく整備されているようだ。図4に示した写真は,二度見展望所から撮影したと思われる。正面のジロウギュウ(と地図には書いてあった)方面には,歩道の脇にびっしりとササが敷き詰められている。二度見展望所から頂上に行くには,この尾根道を反対方向に10分も歩けばつくだろう。近澤さんが腰を掛けている頂上付近には,神社だけでなく,立派なヒュッテも2つあるので,昼食もとれそうである。

 以下,図5~図10は,登山リフト西島駅から尾根筋に至る遊歩道の脇で見かけた植物や動物である。帰りは,どうしても駐車場につく時間とかバス停につく時間が気になって,撮影がおろそかになることが多い。近澤さんも,剣山の遊歩道を登る際に撮影したと思われる。

図5.(左)アジサイ(ガクアジサイ?)。サワアジサイではない。(右)サワフタギ。アジサイの花は枯れている。サワフタギはまだ咲いているが,満開を過ぎている。茶色が目立つのでそれとわかる。

 図5の左の写真は,多分ガクアジサイの花(種名は不明)。谷沿いに咲くアジサイは,品種改良が進んでいる。高知県の牧野富太郎植物園で,栽培された品種がたくさん販売されていた。アジサイのピンクの部分は花ではなくガクである。花は4枚のガクの中央にちんまりとついている。もう咲き終わってガクだけが残っている状態である。

 図5の右の写真はサワフタギ。まだ花は残っているが,もう満開の時期を過ぎている。一匹ハナアブが来ているが,このぐらいになるとカミキリムシは全然来ない。ともに茶色い部分が目立つのは,花が枯れた証拠である。なお,サワフタギは,咲き始めから満開になるまでの新鮮な時期は,訪花性の昆虫がたくさん飛来する。6月中旬から7月上旬の間に来れば,晴れていれば,多くの昆虫類が吸蜜に来ているだろう。

図6.(左)ホタルブクロ(もし名前が違っていたら申し訳ない)。(右)ショウウマ。ホタルブクロは,ちょうどいい咲き具合だが,ショウマの方はもうだいぶくたびれている。ホタルブクロは,どんな昆虫が来るのか,長い時間観察したことがない。おまけに下を向いているので,何が来ているか調べにくい。

 図6の左側の写真の花はホタルブクロで合っているだろうか。白い色の花弁はよく見るが,ピンク色は多くなさそうである。

 ところで,ホタルブクロなぜこんな形をしているのか? ホタルブクロはアリぐらいしか来ないと思っていたが,意外とハナバチやハナアブなどが訪れているのかもしれない。ならば,ショウマ,ツルアジサイ,サワフタギのように,派手に花を見せつけ,臭いも出して虫を引き付けたらよいのに,と思う。花弁を袋状にして,しかも花が下を向いていたら,普通の昆虫であれば,袋の中には入りづらいだろう。特定の種類のハナアブやハナバチだったら,花が咲けば,訪れてくれる。・・・いや,特定の種類に来てもらうために,花弁が袋状になり,かつ入り口が下を向いているような花の形が進化したのかもしれない。

 しかし,今の段階では単なる想像に過ぎない。花の咲く時期や花弁の形態と,訪れる虫の種類についてもっと事例を集めることができれば,何か言えるかもしれない。

 ショウマの花(図6の右)も,色からして満開を過ぎている。咲き始めてから間もない新鮮な花ならば,ミヤマホソハナカミキリがたくさん来る可能性がある。

図7.ブナとツルアジサイのガク。ツルアジサイは,白いガクだけ残っていて,花はすでに枯れているので,虫は来ない。ツルアジサイは,夏緑樹林帯に多く見られ,ミズナラやブナに絡みついているところをよく見かける。鳥取県の大山だと.咲き始めの花にはチャイロヒメハナカミキリ,ヨコモンヒメハナカミキリ,さらにオオヒメハナカミキリなどがよく来ている。

 図7に示された花は,夏緑樹林帯に多いツルアジサイである。白いのはやはりガク。花はすでにほとんど散っていて花弁は茶色くなっている。これではいつまで待っても虫は来ないが,ツルアジサイの花は甲虫類にはあまり人気がないかもしれない。ツルアジサイが巻き付いている木はブナ。写真後方の林の雰囲気はブナ林ではないかと思う。

図8.沢筋の林床に咲く花。種名はわからないが,花だけ見るとイチゴのように思える。以前に何回か山登りの途中で見たことはあるが,場所は忘れてしまった。イチゴ〈一期〉一会の花ではなかった。

 図8は,林内の歩道の脇で見かけた花を示している。花はイチゴに似ている。この花も,ハエやハナアブが来ていそうだが,チョウやカミキリムシには人気がないかもしれない。

図9.ヒガラ。剣山の登山で撮影された唯一の野鳥。望遠レンズは車内において登ったのだろう。

 さて,一番の関心は剣山の野鳥である。図9は,枯れ枝にとまるヒガラを示している。野鳥の写真はヒガラ1匹だったので,剣山ではおそらく野鳥を撮影する目的は強くなかったのかもしれない。お日柄もいまいちで,とりえた写真は1個だけ・・・,なんておやじギャグを連発して次に移る。

図10.ノアザミの花で給水するアカタテハ。被子植物も激しいトゲがあって捕食者を寄せ付けなと思いきや,カラタチやミカン類のように鋭い棘(トゲ)があっても葉は食害を受ける。ウマノスズクサのように毒を持っている植物でも,チョウ(ジャコウアゲハ)の幼虫の食草になる。アザミの葉を食べる昆虫の幼虫はいそうにないが,不確かな記憶ではあるが,大陸ではオオモンシロチョウの幼虫の食草になっていた気がする。ロシアの草原でノアザミに群がっている真っ黒いチョウの幼虫を見た気がする。が,夢だったかもしれない。

 図10はノアザミの花で吸蜜するアカタテハ。ノアザミは開けた場所でもよく咲いているので,撮影した場所は尾根筋に近いところであろう。ノアザミは,棘は鋭いが,毒はなさそうである。海の生物で言えば,ハリセンボンに対応するかもしれない。ハリセンボンは,フグの一種で,いじめると体をパンパンに膨らませて,表皮の変形した鋭く大きな棘を立てる。(下関や徳山あたりの土産物屋で売っているフグ提灯は,ハリセンボンで作っている。)しかし,トラフグとかクサフグと違って,毒(テトロドトキシン)は持っていない。

 地球上には,体の表面にすごい棘を張り巡らして身を守る生物,毒を持って身を守る生物,体を周囲の環境の中に溶け込ませて身を守る生物がいる反面,とんでもない攻撃力を武器として生きている生物もたくさんいる。棘を張り巡らしたり,毒を持ったり,擬態する生物の歴史は古いだろう。一方,攻撃力の高い動物は,新しい時代,つまり新生代になってから出現した種類が多いだろう。

図11.林道の途中(帰り道)の沢沿いの景色。奥の方見える樹木はシデとニレとかそんな種類だろう。ブナやミズナラではない。標高は500mから600mぐらいだと思う。県道438号線沿いで撮影されたと思われる。

 近澤さんの剣山エックスカーションのこの日の最後の写真は,道沿いにある谷(図11)である。県道438号のどこかで車を降りて撮影したと思われる。行きには,途中でこういう景観を写真に収めようと思うことが少ないので,帰り道で撮影された可能性が高い。

 近澤さんが写真を撮りたいと思う場所は,自分がとりたいと思う場所とよく一致している。面白そうだと感じる風景や生物について,互いに感性が似ているせいなのだと思われる。

 私もかつて県道438号を通ったことがあるかもしれない。もう古い話になるが(30年近く前?)子供たちを連れて剣山の近くで燈火採集を行ったことがある。場所はどこだか忘れてしまったが,林道の開けたところで発電機を使って電気をつけ,一晩過ごした。あんまり虫は飛んでこず,大きめのオニクワガタと大きなミヤマクワガタのオスが来た程度だった。

 オニクワガタが飛んできたというのは,ブナ帯かそれに近いところまで行ったと思われる。途中に針葉樹の林(モミとは違う感じだった)があったことも覚えている。

 剣岳周辺の自然環境で記憶があるのは,急峻な山々の地形である。県道は山腹を通っていて,眼下には吉野川の渓流が見える。渓流の反対側も急峻な地形なのであるが,県道と同じ高さか,少し見上げるぐらいの位置に人家が点在していた。点在する集落に住む子供たちは,どのような通学路で毎日小学校や中学校に通っているのか,不思議でならなかった。いったん山を下り,吉野川の橋を渡り,対岸に来てから,さらに県道があるところまで登って,それからさらに県道を歩いて通っていたのではないだろうか。今では県道まで出ればスクールバスがあるだろうが,当時はそれもなかっただろう。

図12.剣山登山道の案内図。「現在地」と記されている場所にあるボード(地図)を撮影(現在地が2つあるのが変だ・・・)。近澤さんは,見ノ越駅の駐車場に車を置き,リフトで西島駅まで行き,それから紫色の遊歩道を通って大剣神社まで行ったと思う。大剣神社の手前に鳥居の絵があり,これが図2に示した木製の鳥居だと思う。大剣神社からは,右折して黄色の歩道に入り尾根筋に出たと思われる。さらに,黄色の道を頂上まで行き,頂上で休憩。昼ご飯は,ヒュッテの中でソバ(蕎麦)でも食べたかもしれない。帰りは,紫色の小道を下りたか,青色の小道を下りたか不明。見ノ越駅の駐車場を出て,明石市のご自宅に戻られたのは晩の8時か9時ごろになったのではなかろうか。日帰りだったと思う。

<参考文献> 小島圭三・林匡夫 1969. 原色日本甲虫生態図鑑 I‒カミキリ編.保育社。

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